2011年3月23日

退院

9:15頃、病院に着き、10:00に、先生から説明をうけた。経過はとても順調。孔は6mm程度だった。三尖弁に変形があったが、手術中に修復した。孔は心臓をうごかす神経のそばにあり、傷つける心配があったが、それも問題なし。現在のところ、孔は完全に塞がってはいないが、時間の経過とともに塞がっていくでしょう。仮に塞がらなくても問題はなし。退院したら外出は控え、次回診察で問題なければ、幼稚園に行っていいでしょう、とのこと。病院のレストランで昼食。娘はエビフライを食べた。3人で帰宅。

帰ると、東京の水が原発で汚染されているというニュースが飛び込んできた。近所のスーパーを何軒かみたが、まだ夕方4時ぐらいなのに、ほとんど売り切れ。500mlのペットボトルが、コンビニで2本、スーパーで1本かろうじて買えた。これじゃあ気休めにしかならないと思っていたら、ツマがWebで買えるところをみつけた。大量注文して一安心。


2011年3月22日

退院まで

ツマからのメールによれば、痛がっていたドレーンと点滴は16日の昼にとれた。16日はまだ歩くのがすこしふらふらしていたが、17日にはしっかり。16日にレントゲン、17日にエコー、18日に採血をした。19日に胸の傷のテープがとれ、湯船に入れるようになった。少し微熱が続いているが、元気らしい。この間自分は、ガソリン不足のこともあり、無理して病院には行かず、20日に自分の父母を連れて一度行っただけ。そのとき、すこし痩せた感じがした。実際、1kgぐらい痩せたらしい。帰り際に、熱が37.9度あったが、翌21日の朝には下がったとのこと。22日に、採血、エコー、レントゲン、心電図を行い、その日夕方、先生から「明日退院です」といわれた。

2011年3月15日

手術翌日

ツマと病院へ。8:55、ICUで面会。娘はたまごっちのビテオを見ていた。医師より、昨日の早い段階で人工呼吸器はとれ、多少熱はあるが経過は順調と説明された。朝食は、好きなものではなかったようであまり食べなかったとのこと。何が好きときいたらほうれんそうと答えたそう。おしっこの管がついていたが、とってもらった。9:30に病室に戻る。おなかが痛いとしきりにいう。ドレーン(心臓のまわりの血を抜く管)が痛いらしい。熱は38℃。氷枕で冷やす。水分制限は食事のスープも含めて1日一リットル。飲む前と飲んだ残りを量って飲んだ量を計測。おしっこの量も量る。飲みたくない場合も制限量まで飲んだほうがいいそうで、これは心臓のむくみをとることが目的とのこと。ドレーンがついている間は、トイレもおまるをベットに置いて寝たままする。起き上がったりするのは構わないが、ドレーンが痛くてあまり動けないらしい。本を読んだりいろいろ気をまぎらわしていたけど、やっぱり痛いようで痛み止めを飲んだ。ごはんは昼も夜もあまり食べない。昨日ICUにいる間に泣いちゃった。よくわかんないけど涙がぽろぽろ出てきたと言っていた。となりは赤ちゃんがいたそう。自分は18:15頃に病院を出た。

2011年3月14日

手術当日

当日。母と一緒に病院へ。6:30に着いた。早く着いたおかげで、母と少し遊ぶことができた。娘はなんとなくテンションが高い。7:00眠り薬を飲むため、病室に戻る。眠り薬はフラフラする子もいるというが、効果なし。テレビを見て少し落ち着く。
執刀医が挨拶に病室にきたので、停電に関する不安(計画停電の地域だが大丈夫なのか)を伝えた。執刀医は「停電はない」と話した後、一度戻ってその理由を確認してから、再度説明してくれた。これはとても安心した。
8:40、看護士が迎えに来た。ストレッチャーに乗り、病室を出る。娘は片手ずつ両方の手をパパ・ママとつないで笑っていた。エレベーターに向かう扉のまえでお別れ。扉の奥では看護士さんに何か話しかけていた。涙が出た。
我々は手術室の前の待合スペースで待機。10:00、看護士が出てくる。何かと思ったら術後ベットで拘束をする場合の同意書に署名をしてくれと。署名中にも地震。10:30、鴨川のおじいちゃんおばあちゃんが到着。だいぶ渋滞していたらしい。おばあちゃんは千羽鶴を折ったんだって。
10:50、手術終了。手術室のなかの小部屋で私とツマが執刀医から説明を受ける。「無事終わりました。輸血もありません。」とのこと。続けてICUで面会。麻酔の先生より、「いい子でした。麻酔は注射からではなくりんごの香りから先にしました。人工呼吸器は14:00-15:00にははずれるでしょう。」とのこと。スタッフの皆さんに「ありがとうございました」とお礼。まぁよかった。
12:00まで手術室の前で待機した後、鴨川のおじいちゃんおばあちゃんとは別れ、病院内のレストランでツマと母と食事。3人で帰宅した。

2011年3月13日

手術前日

手術の前日。地元の富岡八幡宮にお参り。手術の成功に加えて地震が収まることを祈願した。その後、病院へ。レジのおもちゃなどで遊ぶ。昨日、夢中になって遊んでたそうで、今日はパパがきたらパパとやるといっていたらしい。病院の食事は好きなものがないといってあまり食べないが、この日の夕食は、とんかつなど好きなものばかりで、よろこんで食べた。20時帰宅。計画停電の話を母から聞く。調べてみると、病院は計画停電の地域で、手術の真っ最中がその時間になっている。どうなるのか心配していたら、22:30にツマから手術時間変更のしらせが。23:15、ふたたび元どおりの時間でやると訂正。大丈夫なの?人工呼吸器は停電してもなんとかなるらしいが、人工心肺はアウトらしいし。ばたばたして、医者は浮き足立ったりしないのか。こんなときに手術しなくてもよかったんじゃないか。ただでさえ眠れないと思ってたけど、眠れないこと確定。

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