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        <title>takerokero blog</title>
        <link>http://takerokero.net/</link>
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        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2012</copyright>
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            <title>金環日食、観れた。</title>
            <description><![CDATA[<p><img alt="20120521_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120521_01.jpg" width="240" height="240" /></p>

<p>日が近づくにつれて天気予報が怪しくなり心配しましたが、無事観ることができました！スカイツリーそば、隅田公園からです。</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">家庭</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 21 May 2012 09:08:09 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>たまねぎの収穫</title>
            <description><![CDATA[<p><img alt="20120519_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120519_01.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>写真は全体の収穫量の3分の1から4分の1ぐらい。今年は2月に追肥してみたけど、例年と変わらず玉があまり大きくならなかった。密集して植えているのが悪いのか、もともとの土のせいか。まぁたまねぎは楽でいい。</p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/05/19-220000.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">菜園</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 19 May 2012 22:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>岡山城・瀬戸大橋・丸亀城・田村神社・高松城・鳴門の渦潮</title>
            <description><![CDATA[<p>□岡山城</p>

<p>戦国時代に宇喜多直家が金光（かなみつ）氏の居城を略奪。その子で豊臣家五大老の一人、秀家までの間に大規模な改築が行われ、近世城郭の基礎ができた。しかし、秀家は関が原の戦いで敗れ八丈島に流刑。代わって小早川秀秋が入城するも2年後に急死。以後、姫路藩主、池田輝政の一族が明治まで代々城主となった。天守は昭和20年に空襲で焼失。昭和41年に鉄筋コンクリートで再建された。8:40着。城内は緑も多くきれいだったけど、天守ビルは入場料がなんと800円。中には入らず、入り口で100名城スタンプだけ押した。</p>

<p><img alt="20120429_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120429_01.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>■吉備津神社</p>

<p>昨日もらえなかった御朱印をもらいに立ち寄る。神社の前にある土産物屋のおかあさんが感じのよい人で、きびだんごを買ったら50円まけてくれた。ラッキー。</p>

<p>□瀬戸大橋・与島SA</p>

<p>四国へ。上陸は新婚旅行以来10年ぶり。橋を渡るときはテンションあがった。</p>

<p><img alt="20120429_02.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120429_02.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>□丸亀城</p>

<p>豊臣時代、讃岐国に入った生駒親正が高松城の支城として築く。生駒氏4代、山崎氏3代の後、1658年に京極高和が入り、以降京極氏が明治まで城主を務めた。大手門をくぐった後、かなりの急坂を登り、三の丸、二の丸、本丸へ。本丸には小さい天守がある。これは1660年完成のもの。城からは瀬戸大橋や讃岐富士など見えて、いいながめだった。</p>

<p><img alt="20120429_03.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120429_03.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>■田村神社</p>

<p>讃岐国一宮。七福神や十二支の像などなんでもあり。最初節操ないと思ったが、まわりをみると、赤ちゃんのお参りや祈祷で訪れている人が多い。地元の人に愛されている感じは悪くなかった。</p>

<p><img alt="20120429_04.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120429_04.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>□高松城</p>

<p>豊臣時代、讃岐国に入った生駒親正が築城。生駒氏は江戸時代になっても幕府からの信頼が厚かったが、4代目のときお家騒動が起こり、改易。その後、水戸徳川家初代藩主徳川頼房の長男、松平頼重が入った。海に面し、海水が内堀に入り込む。天守台など工事中だったのが少し残念。</p>

<p><img alt="20120429_05.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120429_05.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>□渦の道</p>

<p>徳島県の鳴門大橋の下から渦潮をみる施設。10年前の新婚旅行で一度訪れたが、そのときはまさかの休館日で入れず、渦潮は遊覧船で観た。今回はリベンジ。着いたのは17:30。ちょうど干潮の時刻。ものずごい強風のなか見学ポイントまで歩く。渦はみえたけど、びっくりするほど巻いてなかった。受付のおじさんの話によれば5月3日あたりが見頃だそうだ。</p>

<p><img alt="20120429_06.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120429_06.jpg" width="337" height="190" /></p>

<p>18:40に現地を出発。大きな渋滞はなかったが、休憩1度で自宅到着は2:30。本日の走行距離は804km。疲れたけど満足。次は天橋立方面に行こうかな。</p>

<p><img alt="20120428-29.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120428-29.jpg" width="337" height="225" /><br />
</p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/04/29-220000.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">100名城</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">クルマ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">一之宮</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 29 Apr 2012 22:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>伊和神社・津山城跡・中山神社・石上布都魂神社・吉備津彦神社・吉備津神社</title>
            <description><![CDATA[<p>■伊和神社（いわじんじゃ）</p>

<p>0:40起床、1:00出発。事前の調査ではこの時間に出れば大きな渋滞は回避できるはずだった。だが、名神高速の大阪に入る手前から宝塚を過ぎるところまで、しっかり30kmの渋滞にはまる。出発から7時間経過後の渋滞はつらい。着くのは9:30ぐらいと思っていたのに、実際は11:00。10時間もかかった。<br />
播磨国一宮。道をはさんだ向かいに道の駅があり、そこが神社の駐車場も兼ねている。道の駅は車でいっぱいだったけど、参拝客はその割りでもなかった。他に何かあるのだろうか。ある神社通のかたが、自身のブログでいい雰囲気の場所と書かれていたが、暑さのせいか、自分はあまりピンとこず。11:30出発。</p>

<p><img alt="20120428_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120428_01.jpg" width="225" height="337" /></p>

<p>□津山城跡</p>

<p>12:40着。「本能寺の変」で討死した森蘭丸の弟、森忠政が1604年から13年かけて築いた城。その後、1698年に徳川家康の次男で2代将軍秀忠の兄である秀康の流れをくむ越前松平家の宣富が入り、以降明治の廃藩置県まで代々松平家が城主を務めた。<br />
城下からの比高差約50ｍの鶴山（つやま）の上に、石垣を三段に整形し、本丸、二の丸、三の丸が築かれた。明治以降はたくさんの桜が植えられ、現在は桜の名所となっているそう。もう桜は咲いていなかったが、全体的に清潔感があり、鮮やかな緑が大変美しい場所だった。13:20出発。</p>

<p><img alt="20120428_02.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120428_02.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>■中山神社（なかやまじんじゃ）</p>

<p>13:40着。美作国一宮。神社に向かう細い道、両脇に建つ家々の前に紙垂（しで）を垂らしたひもがはられている様が、なんとなく神聖な雰囲気。鳥居は1791年に作られたもので両柱を支える貫（ぬき）が柱を出ない形状。その形はこの神社のものが典型といわれ「中山鳥居」とよばれている。萱葺きの社殿も美しかった。14:10出発。</p>

<p><img alt="20120428_03.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120428_03.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>■石上布都魂神社（いそのかみふつみたまじんじゃ）</p>

<p>15:12着。備前国一宮。小さな神社で住所を入れてもナビに出てこない。幸い迷わず着けたが、わかりにくい場所にあるのは確か。細道に入り、参詣道と書かれた看板の前に車を止め、らせん状の坂道を息をきらしながら登る。境内に着いてすぐ、神社の掃除をしていたおばさんに「ようこそ」と声をかけられた。拝殿には御朱印は宮司宅までと書かれた紙が貼ってあったが、ちょうど宮司さんが車で来られ、その場で書いていただけた。宮司さんはすぐ立ち去ってしまったのでとてもラッキーだった。15:35出発。</p>

<p><img alt="20120428_04.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120428_04.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>■吉備津彦神社（きびつひこじんじゃ）</p>

<p>16:35着。備前国一宮。社務所はまだ開いており、急いで参拝を済ませ御朱印をもらう。対応してくれた巫女さんは清楚で透明感のあるきれいな人だった。「何時まで開いていますか」と聞いたところ、「社務所は17:00までで、神社自体は20:00まで開いている」とのこと。「隣の吉備津神社はどうですか」と聞くと、「わからないが、社務所は17:00まで神社は18:00まででは」とのこと。広く感じもいい神社だが境内は後でまわるとして、先に吉備津神社に行くことにした。17:45再び戻り、境内を散策。18:15出発。</p>

<p><img alt="20120428_05.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120428_05.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>■吉備津神社（きびつじんじゃ）</p>

<p>16:45着。備中国一宮。社務所はすでに閉まっていた。神社は18:00まで開いているようなので、御朱印は明日にして、参拝とまわりの散策をする。こちらも立派な神社。ここは三備（備前・備中・備後）の一宮とされており、吉備の国が3つに分かれた際に、備前の吉備津彦神社、備後の吉備津神社はここから分祀されたといわれている。神社の前には土産物屋も2件あって、観光客風の参拝客も多かった。17:29出発。</p>

<p><img alt="20120428_06.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120428_06.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>今日はホント頑張ったよ。岡山駅近くのホテルに宿泊。本日の走行距離757km。</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">100名城</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">クルマ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">一之宮</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 28 Apr 2012 22:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>足利氏館・金山城跡</title>
            <description><![CDATA[<p>今日は100名城ドライブ。</p>

<p>□足利氏館跡（栃木県足利市）</p>

<p>足利氏は56代清和天皇を祖とする清和源氏の一流である河内源氏の棟梁、源義家の四男・源義国が下野国足利荘を領し、その次男・源義康以降の子孫が足利氏を称したことにはじまる。ちなみに新田氏は源義国の長男・源義重からはじまっており、足利氏と新田氏は同祖の関係。後に室町幕府を開いた尊氏は8代目。この足利氏館は平安時代末期から鎌倉時代初期の頃、2代目の義兼が作ったといわれており、そのとき寺も併設した。これがのちに義兼の戒名をとった鑁阿寺（ばんなじ）となり、現在に至る。城（館）としての名残は周囲を囲む堀くらいか。</p>

<p><img alt="20120415_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120415_01.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p><br />
□足利学校</p>

<p>100名城とは無関係だが、足利氏館から歩いて5分程度だったので立ち寄った。足利学校は創建年代は定かでないが、室町時代中期、当時足利の領主だった上杉憲実が再興した高等教育機関。戦国時代には宣教師フランシスコ・ザビエルによって海外にも紹介された。江戸中期まで栄えるが、その後衰退。大正10年、足利学校の敷地と孔子廟や学校門などの現存する建物は国の指定史跡となり、保存がはかられることになった。昭和から平成にかけて、史跡の保存整備事業が行われ、江戸中期の栄えた時代の姿が復元されている。</p>

<p><img alt="20120415_02.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120415_02.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p><br />
□金山城跡（群馬県太田市）</p>

<p>室町時代中期の武将、岩松家純が標高235m金山の頂上に築いた山城。岩松氏は、足利氏2代目義兼の庶長子足利義純と新田氏の2代目義兼の娘との間に生まれた子である時兼が、父から勘当され、母の実家、新田氏からその所領の多くを相続しはじまった。いまも新田家として存続している。城はその後、横瀬氏、北条氏と主が移った後、北条氏が小田原征伐で豊臣秀吉に敗れた際に放棄し、廃城となった。横瀬氏の頃には上杉謙信や北条氏の攻撃を退けるなど、堅城ぶりを証明。明治になり、本丸跡には新田神社が創建された。</p>

<p><img alt="20120415_03.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120415_03.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>今回行った3箇所はどこもきれいに整備されており、ちょうど桜も満開。観光客も適度にいて、ちょっと出かけるには、いいところだった。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/04/16-225648.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">100名城</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">クルマ</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 22:56:48 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>今日の一日</title>
            <description><![CDATA[<p>皇居外苑の自転車教室にツマと娘を送ってから、ひとり写真目的で隅田公園へ。センスがないのかうまく撮れない。ひととおり撮った後、皇居外苑に迎えに行き、それから両親も一緒にみんなでひいばあちゃんのところへ行った。娘は入学式の格好に着替えて、ランドセルもしょって。ひいばあちゃんも喜んでいた。こないだ行ったとき、自分は忘れられている感じだったが、今日は思い出したようでよかった。パパになったことを随分驚いていたが。娘は明日から小学校。朝は自分より早く家を出ることになる。まぁ頑張ってくれ。</p>

<p><img alt="20120408_02.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120408_02.jpg" width="360" height="240" /></p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/04/08-185128.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">家庭</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 08 Apr 2012 18:51:28 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>入学式</title>
            <description><![CDATA[<p>いよいよ小学生。娘は学校では少し緊張していましたが、家ではテンションが高く「早く（学校がはじまる）月曜にならないかなぁ」なんて言っています。ずーっとそういう気持ちで通えたらいいな。</p>

<p><img alt="20120406_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120406_01.jpg" width="225" height="337" /></p>

<p>学校からの帰り、卒園した幼稚園に寄って先生たちに挨拶。一旦帰宅後、おじいちゃんとおばあちゃんにランドセルと教科書を見せに行き、ついでに亀戸天神でお参りをして帰りました。</p>

<p><img alt="20120406_02.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120406_02.jpg" width="337" height="225" /><br />
</p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/04/06-190537.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">育児</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 06 Apr 2012 19:05:37 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>自転車に乗れた！</title>
            <description><![CDATA[<p>皇居前の自転車教室に通い始めて今日で5回目。総練習時間は10時間弱ぐらいかな。とうとう乗れるようになった。これまでペダルをはずしてひたすら歩く、そのまま少し勢いをつけて足を上げるの繰り返し。先週は最後に少しだけペダルをつけてもらったんだけど「今度、またペダルをはずしたところからね」といわれたら、帰りに泣いて怒って大変だった。今日ははじめボクは行っていなかったんだけど、ツマから「乗れるようになってきた」と連絡を受け、終了間際に駆けつけた。漕ぎ出しはまだうまくいかないときもあるが、そこをクリアするとすいすい進んでいた。よかった。あと1,2回通えばちゃんと乗れるようになるだろう。</p>

<p><img alt="20120401_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120401_01.jpg" width="337" height="225" /><br />
後ろ姿がちびまる子ちゃんみたい<br />
</p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/04/01-221640.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">育児</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 01 Apr 2012 22:16:40 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>卒園式</title>
            <description><![CDATA[<p>あいにくの雨。</p>

<p>式は、園長先生のお話、保育証書授与、卒園生の父母代表のことば、年中さんの歌、卒園生の歌と滞りなく行われた。泣けるかなと思ったけど、全然泣かなかった。<br />
保育証書授与は、ひとりずつ名前をよばれ、前に出て園長先生から保育証書をもらい、自分の席に戻る。娘はだいぶ緊張してた。緊張しているときは動きが「ビートたけし」っぽくなるからわかりやすい。「『はい』という返事が変な声にならないか心配だった」とのこと。ちょっと天然系のおともだちの返事が「はーい」だったのがちょっとウケた。<br />
父母代表のことばが立派な内容で感心した。後でツマに聞いたら、有名病院の看護婦長をしてた方のようで。納得。<br />
式のあとは、クラス別に写真を撮り、午前でパパは終わり。ママと子どもはそのまま幼稚園で謝恩会。謝恩会は、ゲームをしたり、卒園児、ママ、先生たちの歌などあって、夕方５時過ぎまでやってたそうな。</p>

<p><br />
当時家から少し遠かったが自分も通ったこの幼稚園に行かせたいと思った。わりと自由な印象がしたから。</p>

<p>希望者多数で面接。ツマが志望動機で「（ボクが卒園生で）幼稚園は楽しくて仕方なかったといっています」とアピール。「それほどの記憶はないんだけど」と内心思う。娘が挨拶で面接官だった先生に寄っていったとき、先生が笑顔になった。晴れて合格。</p>

<p>入園式はドキドキ。年長さんの立派な姿に感動。２年後にはあのくらいになるのかと思ったら涙が出た。</p>

<p>幼稚園が始まる。最初はママからなかなか離れられなくて、先生に抱っこされながら部屋に入っていった。部屋に入ってからもひとりボーっとしていることが多かった。でも幼稚園に行くことは嫌がらなかった。その後、声をかけてくれ、いろいろお世話をしてくれる友達ができ、だんだん楽しく過ごせるようになった。<br />
部屋ではままごとや絵を描いたり、かるた遊び、外では泥団子を作るのが好きだったのかな。<br />
毎年のお誕生会、バザー、芋掘り遠足、もちつき大会、年長になってからは亀当番・花当番・お砂場当番の仕事や自分たちで作ったお味噌を使ってスープパーティーなど。<br />
いろいろやったけど、自分的には年長の７月、二泊三日のキャンプを終え、幼稚園に迎えにいったときが一番印象深かった。ひとりずつバスから降りてきたところ、パパママたちがみんなで拍手して迎えたシーン。それから子供たちが輪になってキャンプソングを歌い、それを囲むようにパパママが見守ったシーン。あのときは泣けた。<br />
クリスマスの聖劇では、マリアさま役に立候補したときいて驚いた。最終的には話し合いでおともだちに譲りひつじ役に。本番の劇を観たのはママだけだったけど、すべての役のせりふを覚え、家でパパやおじいちゃんおばあちゃんの前で、ひとり芝居を披露してくれた。<br />
卒園が近くなってから、子どもたちのなかには「（幼稚園から離れたくなくて）年少からやりなおしたい」という子も。<br />
先生はマイペースな子が多い代というが、うちの子もそのひとりなはず。</p>

<p>保育時間後の体操教室や長期休暇中の水泳教室、デイキャンプにもたくさん参加した。</p>

<p>ママたちもバザーなどいろいろお手伝いすることが多く大変なのだが、それだけに結びつきも強くなったよう。</p>

<p>ツマも「こどももママもいい人たちにめぐまれた」といっており、この幼稚園にして本当によかった。</p>

<p><br />
小学校も最初はなんとなく自分と同じ学校に行かせたかった。でも、ちょっと家から遠いのと、小学校になると（幼稚園は覚えてないけど）自分がいやだったことも思い出した。別にいいかと。それで、家から距離が一番近い、通っている幼稚園の向かいの小学校にした。仲良しの子は違う学校だけど、卒園生の半分近くがここに行く。学区的には別の小学校なのだが、学校選択制を利用した。希望者による抽選の結果、補欠の最下位になったときはダメかと思ったが、なんとか入ることができた。各学年２クラスずつの小さい学校。そのかわり、学年を超えた縦割りの交流もあるようで、娘にとってはいいんじゃないかと思う。</p>

<p>それにしても、今度小学校を卒業する頃にはだいぶ大きくなっているだろうなぁ。かわいいのもあと数年と思うとすごくせつない。<br />
</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">育児</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 17 Mar 2012 22:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>鹽竈神社・多賀城跡・仙台城跡・中尊寺</title>
            <description><![CDATA[<p>今日は平日だが会社は指定休で休み。東北方面は高速道路の無料措置が行われているあいだに一度行きたいと思っていた。でも、ノーマルタイヤなので雪があるうちは無理。この時期このタイミングでようやく実現できた。目が覚めたついでに4:30出発。</p>

<p>■鹽竈神社（しおがまじんじゃ）</p>

<p>ここまで道は順調。途中SAで休憩をはさみつつ10時まえに到着。陸奥国一之宮。広々とした境内。同じ境内にはもうひとつ立派な「志波彦神社」がある。駐車場がある東側から入ってひととおり参拝した後、七曲坂を下りて表参道にまわった。ちょうど地元の保育園の子どもたちが散歩に来ていて、しばらくすると鳥居の前で歌の練習を始めた。横に揺れながら歌う姿が超かわいい。メロディーは忘れちゃったけど、「ママ、生まれてきてよかったよ」的な歌詞だった。鳥居の奥には、急な202段の階段。それを上ってもう一度参拝。そんなことをして気づいたら11時半近くになっていた。</p>

<p><img alt="20120316_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120316_01.jpg" width="225" height="337" /></p>

<p>□多賀城址</p>

<p>鹽竈神社から程近く。11:40着。律令時代の城。城というより役所跡のイメージ。建造物的なものは何もないが、この場所を説明する看板はいたるところに立っていて、まだ整備中な感じ。開放感はあった。百名城スタンプはここから少しはなれた多賀城市文化センターの展示室とのこと。行ってみるとそこは閉まっていて、同じセンター内にある役所の事務室みたいなところにあった。休みの日だったら押せなかったかも。</p>

<p><img alt="20120316_02.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120316_02.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>□仙台城址</p>

<p>ここは２年半前、前の車に乗って最後の長距離ドライブで来た場所。あのときは城まで大渋滞だった。今回は震災の影響で通常の道が通行止めになっていた。でも迂回路の道は順調で13:00着。伊達政宗の銅像が有名だが、城の面影はほとんどない。百名城のスタンプを押して早々に退散。</p>

<p><img alt="20120316_03.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120316_03.jpg" width="225" height="337" /></p>

<p>予定はこれで終了だったが、ちょっと物足りなかったので、足をのばして平泉へ。</p>

<p>□中尊寺</p>

<p>仙台城から約1時間半、15:00に到着。中学の修学旅行と大学時代に友人との旅行で訪れており今回が3回目。ただ中学時代の記憶は皆無。大学のときは杉並木のなかを歩いた記憶がかすかにあるだけ。今回はしっかり観たから忘れないだろう。金色堂は覆堂のなかにあったのね。阿弥陀如来とか薬師如来とか、よくわかっていないので今度調べてみようと思った。</p>

<p><img alt="20120316_04.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120316_04.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>帰り。東北道は仙台付近で震災復旧工事のため渋滞、一時間近くノロノロ。今になって鹽竈神社の202段の階段が効いてきて足も痛くなる。自宅到着は23:40。17:00に向こうを出たので、休憩込みで6時間40分かかった。本日の総走行距離は993Km。さすがに疲れた。近場がなくなり、一之宮巡りが厳しくなってきた。</p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/03/16-235000.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">100名城</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">クルマ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">一之宮</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 16 Mar 2012 23:50:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>東京散歩</title>
            <description><![CDATA[<p>家族みんなで東京駅キャラクターストリートの「かえるのピクルス」期間限定ショップに行ってきました。今日は13:00から先着30名で「キングピクルス」との撮影会があるということで、気合を入れて開店時間の10:00からスタンバイ。店員さんに聞くと12:45から整理券を配るということで、しばらく店内で買い物。どれも可愛くて...。今回はちょっと財布の紐を緩めました。それから一旦お店を離れ、12:00に戻ると、12:20頃から自然発生的に列ができ、急いで並びました。整理券番号は7番。時間が近づいたところで、キングピクルス登場。それは王冠をかぶった巨大なピクルスでした。すごい人だかりができて、コアなファンが写真を撮ってました。その様子をみて、通りすがりの人が「かえるのぬいぐるみがあるだけ。わからない」と言っていたのが印象的。私たちはお店の人にキングピクスルと一緒に写真を撮ってもらい大満足でした。</p>

<p><img alt="20120219_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120219_01.jpg" width="300" height="450" /></p>

<p>続いて皇居へ。心臓手術を受けられた天皇陛下へのお見舞いの記帳をしました。娘も名前を書きました。結構人がきていて、ニュースによれば今日は10713人が記帳したとのこと。ボクの前の人は青森県からきたみたい。</p>

<p><img alt="20120219_02.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120219_02.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>最後は14:10-15:00まで娘の自転車の練習。皇居前では、毎週日曜日に無料の自転車乗り方教室が開かれているそうで、はじめて行ってみました。教えてもらっている間は、親は離れたベンチに座り見学。今日のところは、ペダルをはずした状態で、ひたすら歩く感じでした。もうちょっと勢いがついてくると、足をあげてバランスをとる練習になるみたいです。乗れるようになるまではまだ時間がかかりそう。</p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/02/19-220000.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">家庭</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">育児</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 19 Feb 2012 22:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>福島の一之宮</title>
            <description><![CDATA[<p>久しぶりの一之宮巡りは福島の三社。これまで原発から近い(約60Km)場所ということで少しためらっていたが、近くで行ける場所がなくなってきたので、思いきって行ってみた。</p>

<p>■石都々古和気神社（いわつつこわけ）</p>

<p>家を出たのは11:45。途中那須高原SAで昼食をとり、着いたのは15:00ちょっと前。車を何処に止めていいかわからず、そばにあった石川町の役場に止めた。入り口の階段の脇に境内案内図の看板があって、見ると少し歩くよう。階段を上がっていったら雪道になった。途中に大きな石がたくさんあり、ひとつづつ名前を書いた看板が立っている。天狗石(Tenguishi)といった風。ローマ字表記がちょっと不思議。ほどなく社殿に着いた。そこは小山の頂上で町が見下ろせる。人気（ひとけ）もなく、雪に囲まれた雰囲気がすがすがしく感じた。入り口まで戻り少し離れた社務所で御朱印をもらう。おばあさんが応対してくれた。奥では祈祷が行われていた。</p>

<p><img alt="20120212_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120212_01.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>■都々古和気神社・馬場（つつこわけ）</p>

<p>15:30に石川町を出て、棚倉（たなぐら）町へ。ここには同じ名前の神社が2社ある。まず馬場とよばれているほうへ。16:00着。広い境内。こちらも雪が残っている。社屋は古く、朽ちているような摂社、末社もあるが、雪のおかげがイメージは悪くない。ここも人影なし。参拝を済ませ、神社のそばにある宮司の自宅で御朱印をもらう。と、ここに先客がいた。比較的若い兄ちゃんが、玄関に座って宮司と話しこんでいる。宮司は年配のおじさんで、もう一人その母親と思われるおばあさんと二人、玄関に置かれたコタツに入っていた。おばあさんに通されて、兄ちゃんの隣に腰掛けるが、兄ちゃんは構わずじゃべり続けている。このあたりの歴史の話、天皇の系譜の話、俺は数学が得意だった、とかいろいろ。ようやく兄ちゃんが帰り、自分の番になった。宮司も話好き。長話の原因はこちらにもあったよう。少し付き合ってたら、17:00になってしまった。結局宮司宅に30分もいた。待たせて悪かったとおばあさんが帰りに饅頭をくれた。</p>

<p><img alt="20120212_02.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120212_02.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>■都々古別神社・矢槻（つつこわけ）</p>

<p>急いで矢槻とよばれるほうへ。17:15着。もう暗くなりかけている。そこには先ほどの兄ちゃんの姿が。社務所を覗いているがもう閉まっているようだ。さっきの宮司の話では、ここは前の宮司が亡くなって、いまは奥さんとその娘さんでやっている。だいたい社務所にいるが、いなければ自宅に行けばいいとのことだった。重なるといやだなぁと思いつつ、参拝を済ませ、少し周囲を見ているうちに兄ちゃんはいなくなった。<br />
宮司宅を探す。先ほどの宮司の家には何故かこの神社から宮司宅までの地図があり、神社から300mぐらい離れているとあった。が、ここには案内は出ていない。よく見ておけばよかった。時間は17:30ちょっと前。一之宮の本に載っていた連絡先に電話すると女性が出て、「うちは関係ない。間違い電話ではないか」とのこと。<br />
さっきの宮司はわからなければ近所の人に聞けばいいともいっており、近くの商店に入って聞いてみた。人のよさそうなおじさんが、前の道をまっすぐ行って右に曲がりすぐのところ、と教えてくれた。だけど右に曲がる場所がわからない。うろうろしてたら、それらしいところからさっきの兄ちゃんとおぼしき車が出てきた。<br />
その道に入り車を止める。あたりはもう暗い。何軒か並ぶうちそれっぽい明かりの点いている家の呼び鈴を押してみた。反応なし。手前の家のおばあさんに聞いてみると、やっぱりさっきの家だった。おばあさんに声をかけてもらうと、娘さんとおぼしき人がしぶしぶ出てきた。<br />
「御朱印を...」というと、「神社は時間になると閉まるんです。ここでは書けません」といわれ、「そうですか...」。少し間があって、「どこから来たんですか」「東京です」「じゃあ書きますから、神社に戻ってください」「申し訳ありません。ありがとうございます」<br />
こんな調子でなんとか御朱印を頂くことができた。時間は17:45を過ぎていた。御朱印と一緒にもらったパンフレットにはさっきの電話番号が。おそらく出たのはこの娘さん。さっきの兄ちゃん、宮司宅にたどり着けたか定かでないが、たどり着いたにしても御朱印はもらえなかったに違いない。</p>

<p><img alt="20120212_03.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120212_03.jpg" width="337" height="225" /></p>

<p>帰りは蓮田SAで夕食をとり、自宅着は21:10。往復まったく渋滞にひっかからなかった。いろいろ印象に残る行程だった。</p>

<p><br />
</p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/02/12-220000.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">クルマ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">一之宮</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 12 Feb 2012 22:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>日本のはじまり</title>
            <description><![CDATA[<p>一之宮巡りにあたり気になったので調べてみた。</p>

<p>日本の神話では、世界は「高天原」に次々に神が生まれたところからはじまる。</p>

<p>渾沌から天地がわかれ、性別のない神々が生まれたあと、男女の別のある神々が生まれた。<br />
天地開闢（てんちかいびゃく）における最後に、イザナギ（男神）イザナミ（女神）が生まれる。<br />
イザナギ・イザナミは「みとのまぐわい」をし、淡路島・隠岐の島をはじめとする日本列島の島々、石・木・海（大綿津見神・おおわたつみ）・水・風・山（大山津見神・おおやまつみ）・野・火（迦具土神・かぐつち）など森羅万象の神を生む。<br />
イザナミが火の神を産んだ際の火傷がもとで亡くなると、イザナギは悲しみ、死者の行く黄泉国を訪れる。しかし、そこでイザナミの腐敗し変わり果てた姿を見て思いは冷め、逃げ出すと追われ、命からがら帰還する。<br />
その後、イザナギは黄泉国の穢れを落とすため「日向」の地で禊を行う。するとそこから様々な神が生まれ、その最後に、日の神・アマテラスオオミカミ、月の神・ツキヨミノミコトと弟神・スサノヲノミコトが生まれた。<br />
アマテラスオオミカミは、神々の世界である高天原を主宰する。ある日、スサノヲの狼藉に怒り、アマテラスオオミカミは天の岩戸に隠れ、世界は暗闇になってしまった。<br />
神々はオモイカネ（男神）の案によりさまざまな儀式をおこなった。アメノウズメ（女神）の裸踊りでアマテラスオオミカミは岩戸から引き出され、フトダマ（男神）により岩戸の入り口には戻れないよう注連縄が張られた。<br />
その後、神々はスサノヲを追放し、スサノヲは「出雲」の地に下った。スサノヲはそこでヤマタノオロチの生贄にされそうになっていたクシナダヒメと出会い、ヤマタノオロチを退治する。<br />
スサノヲの子孫、オオクニヌシノミコトは「葦原中国（あしはらのなかつくに）」を平定する。しかし、高天原の神々（天津神）は葦原中国を統治するべきなのは天津神、とりわけアマテラスオオミカミの子孫だとし、出雲に使者を送り、オオクニヌシノミコトに国土の献上を命じた。オオクニヌシノミコトは国を譲り引退。アマテラスオオミカミは、孫のニニギノミコトを日向に降臨させた。その際、国津神（地の神々）であるサルタヒコが先導を行った。ニニギノミコトに随伴し天降りしたアメノウズメは、そのままサルタヒコに仕えることになった。<br />
ニニギの曾孫、カムヤマトイワレヒコノミコトは日向から東征し、大和の橿原宮で即位。初代の天皇となった。これが神武天皇。以降天皇の系譜となる。<br />
2代から9代までの天皇は実在性が薄く、10代の崇神天皇以降、実在の人物といわれている。</p>

<p>古事記と日本書紀で異なるところもあるが、大筋は一緒。<br />
神話と史実が組み合わさった話はなかなかおもしろい。</p>

<p>今日、建国記念日は紀元前660年に神武天皇が即位したとされている日。偶然つながった。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/02/11-235033.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">一之宮</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 11 Feb 2012 23:50:33 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>保育参加</title>
            <description><![CDATA[<p>今日は毎年恒例の保育参加の日。朝から生憎の雨でしたが、娘と一緒に幼稚園に行きました。<br />
年長なので今年が最後。2クラス合同で行われました。<br />
はじめにみんなで大きな輪になって座り、親がひとりずつ自己紹介をした後、4つのグループに分かれて「やまんば汁」という豚汁を作りました。娘のグループはにんじんを切る係で、ピーラーで皮をむき、包丁でイチョウ切りにします。「薄く薄く」と声をかけ、娘は上手に切れました。それから、さっきのグループ対抗でかるた風のゲームをし、お昼はグループごとに輪になって、作った「やまんば汁」を食べて、終了。<br />
グループは最初に部屋に入ったとき、自分が引いた名札の色で分けられましたが、そこに普段遊んでいる仲良しのお友達もいて、娘はずっとその子と一緒にいました。楽しかったみたいだからよかった。ボクは、時間はあっという間に過ぎましたが、終わってみるとどっと疲れ、家に帰ってから１時間ほど昼寝しました。</p>]]></description>
            <link>http://takerokero.net/archives/2012/01/22-225704.php</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">育児</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 22 Jan 2012 22:57:04 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>自転車の練習（2回目）</title>
            <description><![CDATA[<p>これまでうちではクリスマスの日にサンタがプレゼントをくれるなんて話はしたことがなく、特別何もしたことはありませんでした。むしろ娘はこの季節になると訳もなく街にあふれる赤い服に白ひげのおじいさんが嫌いでした。しかし、年長さんにもなると幼稚園でいろんな話を聞いてくるみたいで、とうとう今年は「サンタさんにプレゼントを頼む」と言い出しました。希望の品は、自転車かローラースルーゴーゴー。しかし敢えなく却下され、クリスマスの日の朝、無理やり言わされた？ノートが届いたのでした。プレゼント交渉の際、妻が「ノートにしなよ」と言ったのですが、後でちょっとかわいそうな気がして、袋には一緒にエプロンも入れました。でも、本人は自分がお願いしたものが届いたということで、ノートのほうがうれしかったようです。</p>

<p>まぁそんなことがあったので、また近所の公園の貸し自転車に乗りに行ってきました。今回ははじめて補助なしにもチャレンジ。当然ですが乗れないので、ボクが後ろを支えて走りました。しかし、これ、かなりきついです。娘は「補助付きより乗りやすい」とかいっていましたが、「それはパパが押してるからだよ」と答えました。乗れるようになるまえにこちらがへばってしまいます。毎週日曜日、皇居のあたりで無料の自転車教室をやってるみたいなので、今度はそっちにいってみようかと思います。</p>

<p><img alt="20120109_01.jpg" src="http://takerokero.net/archives/images/20120109_01.jpg" width="337" height="225" /></p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 09 Jan 2012 22:00:00 +0900</pubDate>
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