2010年8月12日

100名城:福井県福井市の一乗谷朝倉氏遺跡に行く

永平寺の後、「一乗谷朝倉氏遺跡」に行きました。朝から降っていた雨は小降りになりました。 ここは1573年織田信長に焼き払われるまで、103年にわたり栄えた城下町の跡です。 復元町並などきれいに整備されていましたが、訪れている人は少数でした・・。 滞在時間は約1時間でした。(11:00-12:00)

一乗谷朝倉氏遺跡

南北朝時代の頃より朝倉氏が本拠とした場所。 朝倉氏は当初足利氏の一族の斯波氏に仕えていましたが、 早くより越前国を支配し、 その余勢で隣国の若狭、加賀、近江、美濃にも出兵していました。

一乗谷は、応仁の乱で荒廃した京都から多くの文化人が避難し、 京文化が栄えました。朝倉孝景の頃に最盛期を迎えます。

孝景の子・義景の代になり、 義景は謀反で殺された13代将軍足利義輝の弟・義昭を庇護しましたが、 これを擁しての上洛をせず、 義昭は義景の元を去って、織田信長を頼ります。

1568年、義昭は上洛を果たし、15代将軍になりました。 政権を掌握した信長は、義景に上洛を要請しますが、 義景はこれに従わず、織田軍の攻撃を受けることになりました。

1573年、織田軍に一乗谷城を攻められ、戦国大名としての朝倉氏は滅亡します。 信長は城を朝倉氏の旧臣に与えましたが、 1575年に一揆起こり、一向一揆が占領しました。

信長が一揆を平定すると、越前八郡は柴田勝家に与えられました。 勝家は、水運・陸運の便のよい北ノ庄を本拠としました。

復元町並

冬にソフトバンクのCM撮影がされたらしいです。雪はありませんが、同じような雰囲気で撮ってみました。

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復興武家屋敷

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平面復元

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諏訪館跡庭園

諏訪館は、義景夫人の館。

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朝倉義景館跡

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唐門

朝倉氏の遺構ではなく、義景の菩提を弔うために作られたものとのことです。

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駐車場

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福井一人旅2日目






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