100名城:栃木県足利市の足利氏館に行く

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足利氏館、足利学校、渡良瀬橋に行ってきました。

足利氏館(鑁阿寺)

足利氏は、清和源氏の一流である河内源氏の棟梁「源義家」の四男・「源義国」が下野国足利荘を領し、 その次男・「源義康」以降の子孫が足利氏を称したことにはじまります。 ちなみに、新田義貞の新田氏は、源義国の長男・源義重からはじまっており、足利氏と新田氏は同祖の関係。 後に室町幕府を開いた尊氏は、義康から数えて8代目にあたります。

この足利氏館は、初代「源義康」が築いた邸宅。2代目の「義兼」が寺を併設し、 この寺がのちに義兼の戒名をとった鑁阿寺(ばんなじ)となり、現在に至ります。

敷地は一辺が200mほどの「典型的な方形武士館」です。 周囲を土塁と水堀が囲い、四方に橋と門があります。 桜が綺麗なお寺でした。

楼門と反橋、奥に本堂

楼門は、1564年、室町幕府13代将軍足利義輝の再建したもの。南門です。

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四方を囲む水堀と土塁

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西門

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経堂

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多宝塔

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鐘楼

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足利氏館から歩いて5分程度の場所に足利学校があります。 そちらも合わせて見学する人の流れができており、自分も立ち寄ってみました。

足利学校

室町時代中期に、当時足利の領主だった山内上杉家8代当主「上杉憲実」が再興した高等教育機関。 当初の創建年代は不明だそうです。 戦国時代には宣教師フランシスコ・ザビエルによって海外にも紹介されるなど、江戸中期まで栄えましたが、その後衰退しました。

大正10年、足利学校の敷地と孔子廟や学校門などの現存する建物は国の指定史跡となり、 保存がはかられることになりました。 昭和から平成にかけて、史跡の保存整備事業が行われ、江戸中期の栄えた時代の姿が復元されています。

学校門

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孔子廟

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孔子座像

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衆寮

学生寮です。

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書院より北庭園

奥に孔子廟が見えます。

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渡良瀬橋

ちょうど足利氏館、足利学校のそばにあるので、聖地巡礼してきました。

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