2012年11月18日

100名城:三重県伊賀市の伊賀上野城に行く

一の宮巡拝と一緒に訪問しました。

10:20着。城跡は公園になっています。伊賀の観光のメインスポットのようです。 公園の駐車場はいっぱいで近くの駐車場を紹介されました。

公園に戻ると、入り口の観光案内所のおばさんから 「城の天守閣に入るのは500円。忍者博物館は700円。博物館内の忍者ショーは300円」と説明され、園内の地図をもらいました。 家族連れは大概、子どもが忍者の格好をしていました。変身料700円。関西の人はこういうのが好きなのかしら。

伊賀上野城

伊賀国は、室町時代より仁木氏が守護を務めましたが、中期に衰退。 戦国時代には名ばかりのものとなり、 「伊賀衆」とよばれる国人たちによって自治共同体が形成されていました。

1581年、織田信長が伊賀を平定。 本能寺の変を経て、秀吉が実権を握ると1585年に「筒井定次」が大和郡山城から移封。 定次は、仁木古舘跡に上野城を築城しました。

定次は、関ヶ原の戦いでは東軍につき、戦後も所領を安堵されますが、1608年、突如改易となり、 代わって築城の名手とされる「藤堂高虎」が伊予の宇和島城から入城しました。

高虎は、1611年より大坂の陣に備えて、城の大幅な改修を行いました。西側に作られた高石垣が有名です。 天守は、完成間近の1612年に暴風によって倒壊すると、その後は建てられませんでした。

大坂の陣後、高虎は交通の便の良い伊勢国の津城を本拠とし、上野城は支城としました。 一国一城令でも、伊賀国の城として残され、明治維新まで存続しました。

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現在の天守閣は、昭和10年に地元の政治家によって建てられた模擬天守。 藤堂高虎が建てたものとはまったくの別物ですが、 安土桃山時代の様式で作られた戦前の木造建築物で、風格は十分にありました。11:50発。

敢國神社。伊賀上野城。都波岐神社。椿大神社。南宮大社。


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