2014年8月15日

100名城:長野県長野市の松代城に行く

家族旅行の最終日は、安曇野の「大王わさび農場」に寄ったあと、真田家10万石の城、 松代城を見学して帰りました。

わさび農場は大混雑でした。あそこまで人が集まることに驚きました。

一方、松代城は閑散としていました。 城下町のほうまでいけばもう少しにぎやかなところもあったのかもしれませんが、 着いた頃に降りはじめた雨が次第に強くなり、そそくさと退散しました。

松代城

武田信玄が信濃に進出し、越後の上杉謙信に備えて築城した「海津城」が前身。 武田氏滅亡後、織田信長家臣の森長可(ながよし)が入城しますが、 本能寺の変後は上杉景勝が侵攻し、上杉氏の所領となります。 1590年、上杉氏は会津に転封となり、秀吉家臣の田丸直昌が城主となりました。

1600年、森長可の跡を継いでいた弟の忠政が入城しました。 1603年、小早川家の改易に伴い、忠政が津山藩への転封となると、家康の六男・松平忠輝が入城します。 松平忠輝は家康から嫌われた子でした。

1610年、松平忠輝は越後高田藩が加増されて福島(高田)城に移り、家臣が城代を務めますが、 1616年に改易となり、家康の次男・結城秀康の子の松平忠昌(越前松平家)が入城しました。

1619年、松平忠昌が高田藩に転封すると、酒井忠勝が入封。 忠勝は家康第一の功臣として称えられた「酒井忠次」の孫にあたる人です。

1622年、酒井忠勝が庄内藩に加増移封されると、 今度は真田信之が上田城から入封し、その後は明治維新まで10代、真田氏の居城となりました。

現在の城跡は、平成7年から平成16年にかけて整備工事行われ、 1717年の火災後、再建された姿に復元されました。

内堀

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太鼓門と木橋

南側。二の丸から本丸に架かる橋と門

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本丸北西の戌亥櫓台より、北東方向を見たところ

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本丸北側出口の高麗門

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北不明門

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全景図

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