100名城:沖縄県国頭郡今帰仁村の今帰仁城に行く

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首里城から高速経由で所要時間は一時間半、14:00過ぎに着きました。

今帰仁城 (なきじんじょう)

今帰仁城は、沖縄本島が北山、中山、南山の三国に分かれていた三山時代、北山王の居城でした。 1416年、中山の尚巴志(しょうはし)により北山国が滅亡した後も、北部を管理する監守の居城として機能しましたが、 1609年、薩摩藩島津氏の侵攻で炎上し、1655年に廃城となりました。 以後は、御嶽(琉球固有の祭祀施設・いべ)として、崇拝されたそうです。

訪問記

沖縄独特の曲線の石垣とその向こうに見える美しい海の景色に圧倒されました!

混雑はしていましたが、その多くが日本人でほっとしました。 首里城にあんなにいた中国人はあまり見かけず、外国人ではアメリカ系が多かったように思います。 見学時間は一時間ちょっとでした。

外郭

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大隅(うーしみ)の石垣

高さ8mほどの城塁が100m以上に渡って続いています。 内部は大隅の郭で、戦時に備え馬を養い、兵馬を訓練した場所と伝えられています。

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平郎門(へいろうもん)

大隅の石垣の脇の石門が城内への入口です。昭和37年に修復。

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七五三の階段

門をくぐった先の石畳の道を主郭部に向かって歩きます。この道は後年整備されたもの。

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来た道を振り返ったところ。両脇の寒緋桜はほぼ満開です。

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大庭(うーみやー)

主郭部のひとつ。首里城の御庭に相当する場所で、大庭を囲うように正殿、北殿、南殿が配置されていたと考えられています。

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御内原(うーちばる)から大隅を望む

御内原は城に仕えた女官の生活の場と伝えられているところです。

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大隅の石垣の向こうに海が見えました。

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志慶真門郭(じげまじょうかく)から見た主郭の石垣

志慶真門郭は、城の最南端にある郭。城主に仕えた身近な人々が住んでいた場所と考えられているそうです。

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志慶真門郭の石垣

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