2016年3月13日

100名城:奈良県高市郡高取町の高取城に行く

奈良・大阪の山城2城を登城する日帰りドライブ。 最初に向かったのは奈良県の高取城です。 ここは昨年訪問した岐阜県の岩村城、岡山県の備中松山城と並び日本三大山城のひとつとされるお城です。

高取城【大和国】の歴史

1332年、大和国の豪族「越智氏」によって築城されたと伝えられています。

鎌倉時代より大和国の守護は「興福寺」が務めていましたが、 次第に勢力が衰え、越智氏、筒井氏らが台頭しました。 越智氏は、応仁の乱の際に、畠山義就派につき、政長派の筒井氏を抑えて、 最盛期を迎えますが、1521年に筒井順興が家督を継ぐと、筒井家が再興。 1545年に子の順昭が大和国を統一し、越智氏はその配下に組み込まれました。

その後、順昭が28歳で死去すると、隙をついて三好長慶の家臣、松永久秀が大和に侵攻し、 順昭の跡を継いだ順慶は、居城の筒井城を失います。
1571年、順慶は織田信長に臣従し、筒井城を回復。1578年、信長によって大和国は平定されました。

筒井順慶

1580年、信長に大和国の城を一城にするよう命じられ、高取城は廃城になりますが、 1584年、信長死去後、「筒井順慶」が大和郡山城の支城網のひとつとして、復興。 しかし、信長の後継者となった豊臣秀吉によって、1585年、順慶は伊賀上野に転封となりました。

変わって大和国には「豊臣秀長」が入り、高取城には重臣の脇阪安治が入城しました。 2か月で、脇阪が洲本に移ると、同じく重臣の「本多利久」が入城し、本格的な山城が完成しました。

本多俊政

1595年、秀長を継いだ秀保が急死し、大和豊臣家は断絶。 利久の子「本多俊政」は、秀吉の直臣となりました。 秀吉死去後は、徳川家康について、1600年、会津征伐に従軍。 関ヶ原の戦いもそのまま東軍として参加すると、戦後、25000石を与えられ、高取藩を立藩しました。

植村家政

1637年、俊政を継いだ子の政武に嗣子なく、本多家は改易。 城番が置かれた後、1640年、徳川譜代の家臣で、 旗本の「植村家政」が25000石で大名に取り立てられ、新たな藩主として入城すると、 以後明治維新まで植村家が続きました。 現在の高取町長はその子孫だそうです。

訪問記

東京の自宅を午前3:40に出発し、途中、今年の2月にできたばかりの新東名を通りました。 新しくできた岡崎SAで休憩を入れ、6時間半かけて、現地に10時過ぎに着きました。

岡崎SA

20160313_01.jpg

高取城 <奈良県高市郡高取町>

6時間半かけて現地到着。まずは麓の観光案内所「夢創館」で100名城スタンプGet。夢創館周辺は「町家の雛めぐり」というイベントが開催中で、一眼レフを首にかけたおじさんおばさんカメラマンや、ストックを持ったハイカーなど、多数の人で賑わっていました。 案内所受付のおばさんによれば、普段は閑散としており、この時期だけの賑わいなのだそうです。

観光案内所「夢創館」で100名城スタンプGet

はじめに麓の観光案内所「夢創館」に立ち寄りました。 夢創館周辺は「町家の雛めぐり」というイベントが開催中で、一眼レフを首にかけたおじさんおばさんカメラマンや、ストックを持ったハイカーなど、多数の人で賑わっていました。 案内所受付のおばさんによれば、普段は閑散としており、この時期だけの賑わいなのだそうです

20160313_20.jpg

八幡口登り口

夢創館から城跡まで歩くと片道一時間半かかるので、もう少し先まで車で進みます。 本丸近くまで続く道の終点に、3、4台停められるスペースがありますが、 その300m手前の八幡神社付近の路肩に停めて、八幡口登り口から登ることにしました。

こちらからのほうが、周辺の石垣を見ながら登れると、ネットの情報にあったためです。 登り口から5分で壷坂口門の石垣が見えました。

20160313_02.jpg

地図

20160313_03.jpg

城跡に建物はありませんが、多くの石垣残されていました。地面に落ちているたくさんの細かな瓦のかけらが、 そこに建物があったことの痕跡。こういうの好きです。 江戸時代になると山の上の城は不便で麓に屋敷を移すところが多いのですが、この城は幕末近くまで山上が機能していたそうです。

自分が着いたときはあまり人がいませんでしたが、後から多くのハイカーが登ってきました。 山登りは少しだけだったので、その時はそれほど疲れた感じはなかったのですが、 車に戻るとちょっと足にきてました。滞在時間は約1時間でした。

大手門跡

20160313_04.jpg

本丸天守台の石垣

20160313_05.jpg

本丸入口の食違虎口

20160313_06.jpg

本丸の井戸跡

20160313_07.jpg

続いて、大阪府千早赤阪村の千早城に移動しました。

関連記事

100名城:大阪府南河内郡千早赤阪村の千早城に行く~下赤坂の棚田






関連記事