2016年3月13日

100名城:大阪府南河内郡千早赤阪村の千早城に行く~下赤坂の棚田

高取城からはちょうど一時間で着きました。 千早城は、建武の新政の立役者、楠木正成のお城です。

千早城【河内国】の歴史

金剛山より西にある一支脈の先端に築かれた山城。 この地の出身の武将「楠木正成」により1332年に築城されました。 ここで正成が鎌倉幕府軍の攻撃に堪え、幕府軍が足止めされている間に、 東国で新田義貞が挙兵し、鎌倉幕府は滅亡します。

城は、建武の新政以後、楠氏の居城となりますが、 1392年、正成の孫「正勝」のとき、北朝方の畠山基国に攻められ、落城。 そのまま廃城になりました。

訪問記

金剛山の麓の食事処「まつまさ」で100名城スタンプGet

はじめに金剛山の麓の食事処「まつまさ」の駐車場に車を止め、「まつまさ」でスタンプGet。 ここは100名城をまわっている人の御用達のお店。 入店するとすぐ店員さんに、「スタンプはこちらです」と言われました。 周りはしっかりした登山客ばかりなので、軽装だと100名城目的とわかるようです。

事前に入手した情報では、 既に100名城をまわられたフレンドリーな女将さんがいらっしゃるとのことで、 お話ししたかったのですが、叶いませんでした。

スタンプを押すだけでもOKですが、 せっかくなので名物の「しいたけごはん」をいただきました。

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「まつまさ」駐車場から登城

千早城は、遺構はほぼなく、本丸跡は立入禁止。二の丸跡といわれるところに現在は、楠木正成を祀る千早神社が建てられています。 目指す神社への行きかたは2つありますが、表の石段を上がるルートではなく、金剛山の登山道の途中から登る裏ルートにしました。 ネットで下調べした情報によれば、こちらのほうが楽とのこと。

ところがこの登山道も数分で息が上がるほどきつい坂で、途中で来た道を何度も振り返ってしまいました。 それでも、時間にすれば約10分で、二の丸跡の神社に着きました。

帰り道は、表の石段を降りてみたところ、やはりこれは裏の道より大変そうでした。

金剛山登山道

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金剛山登山道と千早神社との分かれ道

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少し登って振り返ったところ

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千早神社参道との合流地点。石段を上がったところが三の丸跡。

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三の丸跡

さらに石段をあがったところに二の丸があります。

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二の丸跡(千早神社)

社殿の奥が本丸になりますが、神域のため立ち入り禁止です。

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四の丸跡

元の道を戻り、参道との合流地点をさらに下に降ったところにあります。

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遠くに大阪湾が見えました。

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参道の石段

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下赤坂の棚田

千早赤阪村は棚田が有名とのことで、立ち寄ってみました。 楠木正成ゆかりの下赤坂城跡からの眺めがよいとのこと。水を張ったときにもう一度訪れたいと思いました。

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下赤坂城跡

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帰り道。今日の最後に、高取城に向かう途中で見かけた橿原神宮に立ち寄りました。

橿原神宮<奈良県橿原市>

橿原神宮は明治23年に創建された初代天皇、神武天皇を祀る神社です。以前は橿原宮跡とよばれていました。とにかく広大で立派でした。

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帰りは、奈良県内と三重県内で渋滞に巻き込まれ、帰宅は23:45。神宮からはほぼ7時間でした。さすがに疲れました。。

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