100名城:和歌山県和歌山市の和歌山城へ行く - takerokero blog

100名城:和歌山県和歌山市の和歌山城へ行く

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旅の最終日は和歌山城に行きます。大阪市天王寺区のホテルを出発し、9:30過ぎに着きました。

和歌山城 【紀伊国】

1585年、豊臣秀吉は紀州を攻略すると、信頼が厚かった、弟「豊臣秀長」に、紀伊・和泉など約64万石の所領を与え、 この地に築城を命じました。普請奉行は藤堂高虎。このとき、「若山」を「和歌山」と改めました。 城は1年で完成し、但馬竹田城より「桑山重晴」が3万石で城代として入城しました。

桑山氏は関ヶ原の戦いで東軍につき、所領を安堵された後、1601年に転封。大和新庄藩を立藩すると、 甲斐より「浅野幸長」が376000石で入城し、紀州藩を立藩しました。

浅野氏が、1619年、福島正則の改易に伴い、広島藩に加増転封になると、 駿府藩主だった徳川家康の十男「徳川頼宣」が浅野氏の旧領に南伊勢を加えた55万5千石で入城し、 紀州徳川家が成立しました。

1621年より行われた城の改修は、幕府から謀反の嫌疑をかけられるほど大規模なものだったようです。

訪問記

和歌山城の駐車場は満車のため、道の向かいの岡公園に停め、岡口門から城内にはいりました。 駐車場は一杯だったのですが、城内は人はそれほど多くなく、ゆっくり見てまわれました。

岡口門(重文)

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石垣

いきなり、立派な石垣が目の前に。ただならぬものを感じて写真を撮りました。

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表坂登り口

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松の丸

雰囲気のよい道だと思って写真を撮ったのですが、あとで調べたところによると、 松の丸という細長い郭でした。

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天守

天守は連立式とよばれるめずらしいもの。かつては国宝だったそうですが、第二次大戦で消失してしまい、 昭和33年に鉄筋コンクリートで再建されました。

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楠門

天守入口

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二の門櫓

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乾櫓

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絵図

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大天守から西方向を望む

左手前に楠門、左手奥が二の門櫓、右が乾櫓。

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大天守から北方向を望む

二の丸が見えます。

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天守を囲う櫓と石垣

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御橋廊下

西の丸と二の丸を結ぶ廊下

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二の丸庭園より天守を望む

左手奥が大天守、左手前が小天守、右が乾櫓。前方に屋根だけ見えるのは御橋廊下(おはしろうか)。

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大手門と一の橋

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紀州東照宮

旅の最後は、紀州東照宮です。和歌山城から15分程度、11:45到着。 家康の十男の徳川頼宣が紀州に入国した1619年の2年後に東照大権現を祀る東照社として建立されました。現在は頼宣も合祀されています。

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帰り道

12:30に紀州東照宮を出て、休憩なしで東京の自宅に着いたのは21:30。所要時間は9時間でした。 御殿場の手前からの渋滞が大変でした。。

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