2016年8月11日

長野県伊那市の高遠町歴史博物館で「絵島囲み屋敷」を見学する。

夏休みは、家族で長野県に一泊二日で旅行に出かけてきました。 宿泊は、北安曇野郡にある、私が勤務する会社の研修所。 夏休み期間中は格安で泊まれて食事も出してくれるのです。 観光は、日本100名城のうち長野県で未登城の伊那市の高遠城に行くことにしました。

6:00に家を出るつもりがグダグダしていて、7:50になってしまいました。 おかげで中央道の渋滞にどっぷりハマり、定番の相模湖付近の渋滞は50km。その後も甲府付近でまた渋滞。 途中のSA、PAはどこも大行列で入る気になれません。 ようやく渋滞を抜けた諏訪湖SAで昼休憩。なんとここまで東京の自宅から5時間以上かかりました。

諏訪湖SAを14:20に出て、100名城のスタンプがある「高遠町歴史博物館」に着いたのはちょうど15:00でした。 今日の宿にチェックインしなければいけない時間から逆算すると、1時間ほどしかいられません。 高遠城の高遠城址公園とは450mしか離れていない場所ですが、 今日は公園に行くのはあきらめて、博物館の見学だけすることにしました。

高遠町歴史博物館

高遠町歴史博物館から高遠湖を望む。

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高遠城の歴史

高遠城はもともと諏訪氏一門の高遠氏の居城でしたが、武田信玄に攻められ、武田氏のものとなりました。 信濃進出の拠点として、軍師・山本勘助らにより大規模な改築が行われ、 ほぼ信濃を平定した後は、織田・徳川勢力に対する重要な軍事拠点となりました。

しかし、1582年2月に織田軍による甲州征伐がはじまります。 信濃の武田勢が次々に降伏する中、武田勝頼の異母弟にあたる仁科盛信が城主を務める高遠城だけが、徹底抗戦して、玉砕。 勝頼はその9日後に自刃し、これで戦国大名としての武田氏は滅亡しました。

1582年6月、本能寺の変で織田信長が亡くなると、 混乱のなか、かつて高遠城で仁科盛信とともに戦った武田の旧家臣、保科正直が高遠城を奪還。 正直はその後、徳川方につき、高遠城を安堵されました。

正直の子、正光は、徳川の関東移封に伴い下総国多胡に移りましたが、 1600年、関が原の戦いの後、旧領に戻って高遠藩を立藩しました。 正光は2代将軍秀忠からの信頼が厚く、1617年に秀忠の庶子で、それまで武田信玄の娘「見性院」に預けられていた 幸松丸(のちの正之)を養子に迎え、養育しました。

家督を継いだ保科正之は、1636年に3代将軍家光の計らいで山形藩に加増移封となり、 入れ替わりで山形藩から鳥居氏が入封しましたが、2代で改易。

一時天領となりましたが、1691年に徳川譜代の家柄の内藤家が入封し、 以後8代続いて、明治維新を迎えました。

内藤新宿

徳川家康が関ヶ原の戦い以後、整備を始めた五街道。その一つ、甲州街道の最初の宿場は「高井戸宿」でしたが、 起点の日本橋から約4里(16km)と距離があったため、 1699年、高遠藩内藤家の中屋敷があった場所が幕府に返上され、新しい宿「内藤新宿」が作られました。 8代将軍吉宗の時代に一度廃止されますが、10代将軍家治の時に復活し、明治維新まで栄えました。 この場所がいまの「新宿」です。

絵島囲み屋敷

博物館の敷地内には「絵島囲み屋敷」があります。

7代将軍家継(いえつぐ)の生母・月光院に仕え、大奥の大年寄の地位にあった「絵島」は、 1714年、大奥における6代将軍家宣の正室・天英院と月光院との権力闘争に巻き込まれ、 いわゆる「絵島・生島事件」の当事者となり、流罪に処せられました。 ここ高遠藩で、61歳で亡くなるまでの約27年間、幽閉されました。

取り調べのときには、ひどい拷問もあったのだとか。本当に気の毒でなりません。。

屋敷は、常に監視がつき、実質牢獄のようなもの。 当初は、高遠城から一里(約4km)ほど距離のある場所に置かれましたが、 5年後、8代将軍吉宗の代になって、高遠城の三の丸に移されたそうです。 これは、昭和42年に残存する古図を元に当時とほぼ同じ場所に復元されたものだそうです。

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安曇野の星空

さて、私以外の家族にとっては研修所での宿泊が旅のメインです。 娘は、いつもは布団なので、ベットで眠れることがうれしいのだそう。 夕食後、バルコニーに出ると、星がすごくきれいでした。自分は星座はオリオン座しかわからないのですが、 スマホのアプリを頼りに、南東方向から真上あたりに夏の大三角、南西方向にさそり座を見つけました。 流れ星も3つ見られて、感激しました。

三脚を用意しておらず、下の写真は、カメラを真上に向けて地面に置き、セルフタイマーで撮りました。星座はよくわかりません。

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こちらの写真には、小さいですが右上のほうにさそり座がみえていると思われます。

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