100名城:広島県福山市の福山城に行く - takerokero blog

100名城:広島県福山市の福山城に行く

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福山市は広島県第二の規模の都市で、福山駅には新幹線も停車します。 福山城は福山駅から近く、便利な場所にありますが、私の場合は、 ドライブを楽しむのも旅の目的のひとつなので、ここにも車で行くことにしました。

とはいえ、大阪より西への長距離ドライブは昨年秋の備中松山城以来。 以前はよく夜中に走行していましたが、今回は、眠気を我慢しながらの運転に自信がなく、朝5時起床で昼過ぎに着くスケジュールにしました。 高速道路は、三重の亀山JCTと四日市JCTの間と大阪から兵庫にかけての吹田JCTと神戸JCTの間が渋滞ポイントですが、 四日市は動かなくなるほどでもなく、神戸は渋滞なしと順調でした。休憩は滋賀県の土山SAと岡山県の吉備SAの2回。 むしろ、福山東ICを降りてから福山城までの道がやや混雑し、お城の前の駐車場も満車で少し待ちましたが、 ほぼ予定通り、家を出てからちょうど9時間、14時過ぎに現地に到着しました。

福山城の歴史

福山城の築城開始は1619年(1622年完成)。 当時は武家諸法度により新規の築城が禁止されていましたが、そのなかで例外的に認められた最後の近世城郭です。

1600年の関が原の戦い以後、ここは広島藩、福島正則の領地でしたが、 1619年、福島正則が広島城の改修を幕府に咎められて改易になります。

49万石の旧領は分割され、浅野長晟(ながあきら)が紀州和歌山より、安芸1国と備後8郡、42万石を与えられて広島に、 水野勝成が大和郡山より、備後6郡と備中2郡10万石を与えられ、福山に入りました。

当時の将軍徳川秀忠は、譜代大名で武将としての誉れが高い勝成を、西国の外様大名の抑えとして充てたといわれています。 備後国には、かつて広島藩の支城であった神辺城(かんなべじょう)がありましたが、 勝成はこれを使わず、そこから南西の瀬戸内海に面した場所に新城を築くことにしました。 福山の地名もこのときにつけられたそうです。

水野勝成

水野勝成は、父の姉が徳川家康の母(於大の方)で、家康は21歳年上のいとこにあたります。 若い頃はかなりやんちゃで、10代から数々の戦で武功をたてますが、 20歳のときに父の寵臣を斬りつけて勘当され、以後流浪の身になりました。 その後、黒田長政、小西行長ら秀吉方の武将に仕えるも、 気に入らないことがあると出奔を繰り返し、次々に主君を変えていきます。

1599年、34歳のときに家康の仲介で父と和解。1600年に、父が美濃加賀野井城主の加賀井重望に殺害されると家督を相続し、 三河の刈谷城主になりました。1615年の大坂の夏の陣後、大和郡山藩主を経て、1619年、福山藩主となりました。

福山入封後は藩政に尽力し、領民からも人気があり、名君と言われたそうです。

水野家から阿部家まで

水野家は、1698年、5代79年で嗣子がなく改易となり、2年の天領、1代10年の「奥平松平家」(家康の娘の嫁ぎ先)を挟み、 1710年、徳川譜代の臣、阿部家が宇都宮藩から入封。以後、1871年の廃藩置県まで、10代161年在封しました。

有名なのは7代目の阿部正弘。幕末期に25歳で老中首座となり、日米和親条約を締結した人。 阿部家はこの他にも幕閣を担った人材を多数輩出しましたが、それゆえ領国の経営には関心が薄く、藩の財政は常に厳しかったそうです。

ちなみに、水野家は、1698年、一族で勝成の曾孫にあたる勝長が名跡を継ぐことを許され、 能登西谷藩を経て、1700年下総結城藩に入封し、以後1万8000石で幕末まで存続しました。

訪問記

駅前の通りにこんな立派な石垣があります。

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現存は7.筋鉄御門、8.伏見櫓、10.鐘櫓のみ。1.天守閣、5.月見櫓、6.御湯殿は昭和41年に外観復元されたものです。

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伏見櫓(重文)

伏見櫓は、1619年に京都の伏見城から移築したもの。 伏見城から移したと伝えられる櫓は、いくつか他の城にもあるのですが、 きちんと裏づけがとれているのは、これだけだそうです。

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筋鉄御門(重文)

伏見櫓と筋鉄御門の連なる入口は、当時の雰囲気が伝わってくるようで、わくわくしました。

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伏見御殿跡

本丸御殿。

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天守

江戸時代のものが第二次大戦まで現存していましたが、空襲で消失してしまったそうです。

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天守からの眺め

右に入ってきた筋鉄御門が見えます。

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新幹線も見えました。

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天守を北側より

焼失前の天守の北側部分には、防御のために鉄板が張られていたそうです。

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月見櫓

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鏡櫓

月見櫓の北側にある櫓。昭和48年に復興。

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御湯殿

本丸御殿のお風呂。

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鐘櫓

現存。

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二の丸から。

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東揚楯御門跡

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都市景観100選

福山城周辺は、国土交通省・都市景観大賞審査委員会による「都市景観100選」に選ばれているそうです。 城の紅葉も綺麗でした。

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見学時間は約2時間でした。

天然温泉「尾道ふれあいの里」

尾道に移動し、公共の宿・天然温泉「尾道ふれあいの里」に宿泊しました。尾道といっても山のほう。 朝食付きで5700円。先に普通のビジネスホテルに予約を入れていたのですが、出発2日前にこちらに空きが出たので切り替えました。コスパ最高。 場所が場所なのでもう一度泊まる機会はないかもしれませんが、また近くに来ることがあれば、是非泊まりたいです。

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