100名城:愛媛県大洲市の大洲城に行く(泉谷棚田~大洲城~臥龍山荘~下灘駅)

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1泊2日で久しぶりに100名城の旅に出かけてきました。目当ては愛媛県の大洲城と宇和島城。 行くことを決めたときは、他に観光スポットが思い当たらず、時間が余りそうで心配でしたが、 ネットで調べてみると、いろいろ見たいところが出てきて、忙しい旅になりました。

飛行機で羽田から松山へ

前回、松山城、湯築城、今治城に行ったときはマイカーでしたが、今回は普通に飛行機にしました。 7:30の始発便で松山空港へ。機体はB787-9、座席は満席でした。

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松山到着は9:15。レンタカーで最初の目的地に向かいます。

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泉谷(いずみだに)棚田

愛媛県喜多郡内子町の山間に広がる棚田。「日本棚田百選」に選ばれており、ネットの口コミ情報に 「四国の中では指折りの棚田だと思います。高台から見下ろす棚田と遠く山並みはとても綺麗です」 と書かれていたのをみて、行ってみることにしました。

松山道・内子五十崎ICを降り、県道56号をひたすら走ります。 途中まで順調でしたが「あと2km」の案内板を通過し、もうすぐというところで、行き過ぎたと勘違いして引き返し、 誤った脇道に入りこんでしまいました。するとそこはナビでは道の表示もないUターンも困難な林道。 どこに行くかわからない道を延々と走り続けたのち、なんとかUターンして復帰しました。

混乱した原因は手前で見た下の看板です。道はぐにゃぐにゃで理解できませんが、 右下には「現在地から棚田まで5.0km。だらり大権現まで6.0km」と書いてありました。 ところが、先の道では棚田より先に「だらり権現」単独の案内板が出てきたため、間違えたのです。 実際は、「だらり権現」の案内板の先に、右側の脇道に入っていく「泉谷棚田」への案内板がありました。

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あと1kmもない場所から40分も道に迷い、着いたのは12:00でした。なんとか辿り着けましたが、迷っている間は本当に心が折れそうでした。 駐車スペースが用意されているかもはっきりわからず、先に来ていた1台の車と同じように道の脇に車を停めて、30分ほど写真撮影。 立派な棚田ですが、ここまでの道のりの大変さのほうが印象深く残りました。 水が張ってるシーズンだともっと感動するのだと思います。

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大洲城

今度は迷うことなく泉谷棚田から1時間ほどで到着。滞在時間は、13:30-14:30の1時間程度でした。

歴史

鎌倉時代末期、守護として国入りした宇都宮豊房によって築城。 その後、宇都宮氏は戦国末期の1568年まで国人領主としてこの地を支配しますが、毛利氏の伊予出兵で降伏。 ちなみに宇都宮氏の本家は栃木県宇都宮市の二荒山神社がはじまりです。 1585年の秀吉の四国平定後は、小早川隆景、戸田勝隆、藤堂高虎がこの地を治めますが、 1608年、藤堂が伊勢国津藩に転封されると、1609年に賤ヶ岳の七本槍の1人で秀吉の死後から徳川についた脇坂安治が淡路国洲本から5万3千石で入封し、大洲藩を立藩。1617年、関ヶ原の戦いの途中から徳川方につき武功を挙げた、加藤貞泰が6万石で入封すると、以後加藤氏が明治維新まで続きました。

藤堂から脇坂にかけての時代に現在残る近世城郭のかたちに整備されたといわれています。 維新後は多くの建物が破却されましたが、市民活動によって、天守や櫓の一部は保存されたそうです。 天守は、明治21年に一度老朽化のため解体されますが、平成16年に伝統の工法を用いて復元。 往時の姿そのままに復元された天守としては、戦後初のものだそうです。

訪問記

天守は、忠実に復元されたものだけあって、江戸時代から存続する両脇の台所櫓・高欄櫓ともマッチし、 とても立派でした。

天守と台所櫓

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天守と高欄櫓

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天守から肱川を望む

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この日は、本丸のスペースで、月一度の鉄砲隊の公開演武の日でした。 少しだけ見学しましたが、なかなか迫力がありました。

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本丸の2つの櫓のほかにも少し離れた場所に、現存する櫓が2つあります。 三の丸南隅櫓と二の丸の苧綿櫓(おわたやぐら)です。櫓はすべて国の重要文化財になっています。

三の丸南隅櫓

大洲城に現存する最古の建物で、現在も加藤家が所有しているそうです。

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苧綿櫓

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臥龍山荘

もともと歴代藩主の遊賞地だった肱川河畔に、木蝋(もくろう)貿易で成功した明治の豪商、河内寅次郎が建てた別荘です。大洲では大洲城に並ぶ観光スポットということで行ってみました。 天気がいまひとつだったこともあるのでしょうか、不老庵の船を模した天井などは面白いと思いましたが、まだ自分はこうしたものの良さは分からないかな。。 滞在時間は30分程度でした。

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私が学生の頃、めちゃくちゃ流行った月9ドラマ「東京ラブストーリー」。最終回でリカがカンチの実家がある大洲を訪れた際に別れの手紙を投函したポストが、臥龍山荘へ行く途中にありました。細かいストーリーは忘れてしまいましたが、なんともいえない切ない感じが思い出されます。

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下灘駅

本日最後の目的地は、JR予讃線の下灘駅。ホームから広い海(伊予灘)を眺めることができる、鉄道ファンに人気の無人駅です。1990年代に海岸沿いに国道378号線が通るまでは「日本一海に近い駅」でした。
大洲から車で約45分。16:30過ぎに着きました。夕日がきれいらしいですが、今日は曇っていて無理でした。 それでも老若男女、たくさんの人が訪れていました。

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ひととおり駅の写真を撮った後、次の電車が来るまで1時間以上あり、一度、車に戻ろうとしたところ、地元のおばさんが、この後すぐに特別列車が来ることを教えてくれたので、また駅に戻りました。

「伊予灘ものがたり」が来ると、乗客も駅で待っていた人も、列車の前で記念撮影。私も乗務員のお姉さんに頼んで、一枚撮ってもらいました。

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車内には愛媛県のゆるきゃら「みきゃん」も乗っていました。

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本日のルート

電車はきりがありません。下灘駅には18:30過ぎまで滞在した後、本日の宿のある宇和島に移動しました。 宇和島到着は20:00過ぎ。早めに寝たのですが、疲れすぎであまり眠れませんでした。

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