2018年も深川の富岡八幡宮で初詣

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深川の富岡八幡宮は我が家の氏神様で毎年参拝してきた神社ですが、 昨年12月に宮司が実の弟に日本刀で斬殺される事件が起こり、 悪い意味で有名になってしまいました。。

宮司職をめぐり以前から親族間で諍いがあったことが連日報道され、 ネット上でも多くの人が好き勝手なコメントをしています。 私もさすがに今年は行くかどうか迷いましたが、 地元民としては氏神様であることは変わりませんし、神様と宮司は別ものと考え、 いつもどおり参拝することにしました。

毎年、拝殿から神社が面する永代通りまで参拝の行列ができ、 最後尾は車道に出て折り返すほどですが、今年は列がまったくありませんでした。

古いお札を返す場所の前に事件現場となった宮司の家がありますが、 建物全体が白い布で覆われており、知らなければわからないようになっていました。 しかし、野次馬で見に来る人もいるようで、周辺には警備の人が立っていました。

新年の祈祷も受けました。この受付にもいつものような行列はなく、次の回にすぐに入れました。 余裕があるせいか、神職の祝詞の奏上はいつもよりゆっくりと丁寧で、 巫女さんの対応もあたたかい感じがしました。

神社の関係者や周辺で商売している人は大変でしょうけど、 私としてはゆったりといい参拝ができました。

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八幡宮とは

八幡宮は、15代天皇(応神天皇)である誉田別命(ほんだわけのみこと)を祀る神社で、総本山は大分県の宇佐神宮。 全国に分祠が30000から40000ぐらいあるといわれ、その数は稲荷神社に次いで多いそうです。 かつては武神として、源氏や平氏など武士の尊崇をあつめましたが、現在は諸願成就の神として信仰されています。

富岡八幡宮の歴史

富岡八幡宮サイトより引用

 富岡八幡宮は寛永4年(1627年)、当時永代島と呼ばれていた現在地に御神託により創建されました。周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と氏子の居住地を開き、総じて六万五百八坪の社有地を得たのです。世に「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」です。

 江戸時代には、源氏の氏神である八幡大神を殊の外尊崇した徳川将軍家の手厚い保護を受け、明治維新に際しては朝廷が当宮を准勅祭社に御治定になり、勅使を遣わされ幣帛を賜り、新しい御代の弥栄を祈念されました。

 また、庶民の信仰は江戸の昔から大きな歴史の変転を経て現代に至まで変わることなく篤く受け継がれ、今も善男善女の参拝は絶えず、特に毎月1日、15日、28日の月次祭は縁日として大変な賑わいを見せています。


 

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