続100名城:栃木県佐野市の唐沢山城に行く

あしかがフラワーパークで藤を見た後、寄り道して続100名城の唐沢山城に行ってきました。 フラワーパークから北東方向に約14kmの場所。11時に着きました。

唐沢山山頂(247m)の本丸跡には旧別格官幣社の唐沢山神社が鎮座

別格官幣社というのは、近代社格制度のなかで「国家(明治政府)に功労のあった人臣を祭神として祀る神社」のために設けられた社格です。唐沢山神社が祀る御祭神は、平安中期頃、朝敵・平将門を追討した貴族兼武将の藤原秀郷(ふじわらのひでさと)。

唐沢山城は、藤原秀郷の末裔にあたる佐野氏が居城とした城です。 佐野氏は越後の上杉氏、相模の後北条氏に挟まれながら、戦国時代を乗り切り、1600年の関ヶ原の戦い以後、佐野藩を立藩しました。 1602年、徳川家康の意向を受けて麓の佐野城に移ることとなり、唐沢山城は廃城となりました。

戦国時代に佐野氏は、唐沢山城において上杉謙信の攻撃を10度も退けました。 家康が麓に移ることを命じたのは、江戸から近い場所で、外様の佐野氏がこのような強固な山城にいることが不都合だったため、と考えられています。佐野城に移ってまもなく、佐野氏は改易され、大名の地位を失いました。

枡形虎口

駐車場の目の前がお城の入口です。

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天狗岩

眺望が良く、周囲を見張る役割を果たしたと考えられているそうです。

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大炊(おおい)の井

築城時より現在まで水が涸れたことがないといわれています。

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四つ目堀

神橋の下の堀切。

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三の丸跡

写真の後ろ側に広いスペースがありました。賓客の応接間があったと考えられています。

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二の丸跡

本丸への階段から撮ったところ。本丸にあった奥御殿の直番の詰所があったとされています。

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本丸跡

現在は唐沢山神社の社殿が建てられています。

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南城跡

本丸の南側、石段を下りた先。かつては蔵屋敷、武者詰とよばれた場所で、現在は神社の社務所があります。 ここで、100名城スタンプを押しました。

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このお城には猫がたくさんいます。実は枡形虎口のところからここまでの間に、7、8匹会いました。 猫好きにはうれしい限り。地域の人が面倒をみているようです。

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南城の石垣が立派という話をきいていたので、下にまわって見てきました。 佐野氏は小田原合戦以降、豊臣秀吉の臣下となり、ここで西日本の技術が導入され、 築かれたものと判断されています。

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眺望も素晴らしいです。天候が良いときは富士山も見えるらしいですよ。

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東側は竹林になっており、たけのこも生えていました。

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本丸の高石垣

写真は二の丸方向からものです。ここが続100名城のスタンプの絵になっているところと思われます。

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まとめ

滞在時間は1時間20分ほどでした。 続100名城がなかった頃、なぜここが100名城に選ばれていないんだという声もあったそうです。 たしかに100名城であってもよさそうなお城でした。

最近は一の宮に限らず、気に入った神社では御朱印をもらうようにしており、この神社でもいただいてきました。 神社の創建は、明治維新後、佐野家ゆかりの人々が集まり、国に働きかけをして、実現したそうです。 このことが、多くの遺構を残すことにもつながったのではないかと思います。

今日は、地元の中学の、三毳(みかも)山から唐沢山まで23kmを縦走するイベントの日だったらしく、 城内を沢山の中学生が走っていました。元気な中学生たちの姿を見て、パワーをもらえた感じがしました。





 

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