続100名城:神奈川県横浜市の小机城に行く

今年のGWは、泊りがけの外出はせず、日帰りで何日か続100名城のお城をまわる予定です。 GW後半初日の今日は天気予報が良くなく、どこにも出かけないつもりでしたが、 思ったより早く雨があがって外も明るくなったので、横浜市港北区の小机城まで軽めのドライブに行ってきました。

スタンプ設置場所は城郷小机地区センター

事前に調べた口コミ情報に、スタンプ設置場所の城郷小机地区センターで「小机城址ガイドマップ」をもらってからお城に行ったほうがいいとあったので、まずはそちらに立ち寄りました。 城郷小机地区センターはJR横浜線の小机駅前にある公共の施設で、ここから城址まで徒歩10分です。 地区センターと城跡にはどちらも駐車場はないので、 地区センターと城址の間にあるコインパーキングに車を停めて歩きました。 コインパーキングは周辺にいくつもあり、停められない心配は不要でした。

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城郷小机地区センターからお城まで、道の途中に案内表示がずっと出ており、迷うことはありません。

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小机城址はとても綺麗な竹林でした

現在、小机城址は「小机城址市民の森」として整備されています。 住宅地の裏山。続100名城に選定されて人が押し寄せるようになると、近隣の人は迷惑かもしれません。。

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小机城の築城時期は不明ですが、1478年に扇谷上杉家の重臣・太田道灌が攻め落としたという記録があり、 室町時代の半ばには築城されていたものと考えられています。 その後、後北条氏の時代に復興され、重要な軍事拠点となりましたが、 徳川家康の関東入国後に廃城となりました。 小田原合戦(1590)の際の戦闘の記録はないそうです。

後北条氏が進出してくる以前の関東の歴史は、ほとんど知識がありませんが、 調べていくとおもしろそうです(内紛でぐちゃぐちゃ・・)。 まだ関東のお城に行く機会はあるので、そのうち大枠だけでも整理してまとめたいと思っています。

城の遺構は後北条氏時代のものです。堀や土塁、曲輪などの案内も丁寧で初心者の私でもよくわかりました。 滞在時間は1時間30分ほど。やぶ蚊が多いと書かれたブログ記事ちらほらありましたが、 時期がよかったのか、まったくそんなことはありませんでした。 とにかく竹林が素敵で気持ちよく、機会があればまた来たいと思えるところでした。

根古谷

城の麓にあった城主の館や家臣の屋敷があった一帯。

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城跡の案内板が出ていました。

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登城口

いきなりの竹林と"たけのこ"にテンションが上がりました。

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西郭の南の空堀

見事な空堀が残っています。

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本丸広場(西郭)

小机城には東西に二つの大きな郭がありました。 案内図ではこちらの郭が本丸広場と名付けられていますが、東西どちらが本丸だったか定かではなく、 続100名城の公式ガイドブックでは、西曲輪と書かれていました。

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櫓跡

東西の郭の間には、それらを結ぶ南北に長い「つなぎ曲輪」があったそうで、 今でもしっかりそのかたちがわかります。そこの櫓跡です。

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井楼跡

つなぎ曲輪のとなり。武器を補完する兵器庫があった場所でしょうか。。

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二の丸広場(東郭)

東曲輪です。端には土塁が盛られた場所があり、櫓跡とありました。

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西郭と東郭の間の空堀の底

竹林の遊歩道になっていました。気持ちよく散歩できました。

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東郭のほうを見ると櫓があった場所の土塁がよくわかります。

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西郭に向かうところ。

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富士仙元

城址の西側、ガイドマップに富士仙元と書かれた場所があったのでそちらにも行ってみました。 現在は、主郭部との間に第三京浜が通り、城跡は分断されています。 こんもりとした塚があり、上には「富士仙元大菩薩」の碑が建てられていました。

富士仙元については特別な説明がなく、富士山を拝む場所かと勝手に思ったのですが、 帰ってから調べたところそうではなく、こちら側の「出丸」全体を指した名称で、 塚が富士山に似ていることからそのように名付けられたようです。 そうと知っていれば、もう少し写真の撮り方も違ったのですが。。

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富士仙元から主郭部方向をみたところ。間にある道路は第三京浜。

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