続100名城:山梨県韮崎市の新府城に行く

要害山城に続いて新府城に行きました。はじめにスタンプ設置場所の韮崎市民俗資料館に立ち寄ります。

韮崎市民俗資料館で続100名城スタンプを押す

渋い山城が多いせいか、続100名城は城址とスタンプ設置場所が離れている場所が多いように感じます。 ここもそのひとつ。車ならばそれほど行きづらい場所ではありませんでした。 「民俗資料館でガイドマップをもらってからお城に行った方がいい」という口コミ情報を見て、先に立ち寄りました。

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新府城は武田氏集大成の城

1581年に武田勝頼によって築かれた平山城。築城から入城まで一年にも満たない短期間で作られたそうです。 新府とは新しい府中の意で、政庁機能もそれまでの躑躅ヶ崎館から移しました。 1582年に織田軍の進軍を受け、城は勝頼の手で火にかけられますが、 本能寺の変後に起こった武田氏旧領を巡る徳川氏と北条氏との争い(天正壬午の乱)の中で、 徳川氏が本陣を置き、一時的に利用されたといわれています。

城跡の北東に位置する砂利の駐車場に車を停めて、北側から反時計回りで、 韮崎市民俗資料館でもらった「新府城と七里岩」というガイドマップを参考に遺構を見ていきました。 滞在時間は1時間20分ほどでした。

東出構

この出構(でがまえ)と最後のほうに載せている丸馬出(まるうまだし)と三日月堀は、 甲州流築城術の特徴だそうです。

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西出構

奥に連なる山がとても格好よかったので写真を撮りました。あとで調べたら南アルプスの鳳凰三山という山でした。

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乾門枡形虎口

ここからお城に入っていきました。

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二の丸

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本丸

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北側の土塁の上から「八ヶ岳」

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武田勝頼公霊社

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藤武稲荷神社。無人でした。

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本丸南側

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二の丸南の曲輪の食違虎口

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西三の丸

西側から三の丸を見たところ。三の丸は奥にみえる土塁で東西に分けられています。土塁の向こうに東三の丸があります。

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大手枡形虎口

虎口をぬけた先が丸馬出になります。

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大手丸馬出と三日月堀

一番気に入った場所でした。

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帯郭(東側)

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駐車場から新府城を見る

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