続日本100名城:滋賀県近江八幡市の八幡山城にいく

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今日はコロナを考慮し、滋賀県の山城散策。 最初の鎌刃城で大満足だったのですが、時刻がまだ12時過ぎだったので、もう一城、八幡山城へも行くことにしました。 現地到着は13:30。

八幡山城【近江国蒲生郡】の歴史

1582年の本能寺の変、1583年の賤ヶ岳の戦いを経て、豊臣秀吉による天下統一が進められていくなかで、 1585年、秀吉の甥の豊臣秀次に、近江国の蒲生、甲賀、野洲、坂田、浅井の5郡、43万石が与えられ、 安土城の隣地に八幡山城が築城されました。安土城はこのときに廃城になったと伝えられています。
当時18歳の秀次は、宿老の田中吉政の援助を受けながら、この地で善政を敷いたそうです。

1590年の小田原征伐後、尾張清州城の織田信雄が三河・遠江への転封を拒んで改易されたことを受けて、 秀次は清州城に移ります。
八幡山城には、かつて北近江の守護家だった京極家の京極高次(正室は浅井家の娘、初)が2万8千石で入城しましたが、 1595年、突如持ち上がった秀次謀反の疑いによって秀次が切腹になると、 高次は大津城に移り、八幡山城は築城から10年で廃城になりました。

秀吉の後継者とされた秀次ですが、1593年に秀吉の子、秀頼が誕生すると疎まれるようになり、 妻子や妾39人も処刑され、実父、三好吉房も流刑となりました。邸宅であった京都の聚楽第も徹底的に破壊されたそうです。 八幡山城も秀次ゆかりの城ということで、廃城になったよう。豊臣家の滅亡はここからはじまったともいわれています。

八幡山城訪問記(2020/03/07)

さて、八幡山城の見どころは山頂に築かれた詰城と山麓の居館跡の2か所です。 正面に見えるのが八幡山(標高283m)になります。

八幡山城

近江八幡観光マップ。地図は上が西になっています。 山麓の居館跡へは、上のほうにある八幡公園のところから行くことができます。 町を流れる八幡堀は、八幡山城築城時に琵琶湖と市街地を結ぶ人工の水路。 水運に利用され、城下町は八幡山城廃城後も繁栄したそうです。

八幡山城

八幡山麓の日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)。創建はなんと西暦131年(伝)。近江商人の信仰を集めたそう。

八幡山城

八幡山ロープウェイの公園前駅。八幡山は麓から歩いて登ることもできますが、ロープウェイがあるのでそれを利用することにしました。 ロープウェイは15分間隔で運行しており、最終は16:30。往復980円。片道利用も可能です。

八幡山城

山頂の詰城

では、山頂の詰城から見ていきましょう。ロープウェイからの景色は南東の方向。 コロナで世間は騒がしいですが、ロープウェイはそれなりに混みあっていました。

八幡山城

山頂に着いたところにある地図。 本丸跡には「村雲門跡瑞龍寺」という日蓮宗の寺院(秀次の菩提寺)があります。

見学の順序は、現在地より、二の丸西側の石垣を見ながら、お願い地蔵尊の先を右に曲がり、 その先は本丸に行き、北の丸から西の丸を見て最後に二の丸を通って戻るコースにしました。 8の字にまわるイメージ。

八幡山城

二の丸の石垣。ロープウェイを降りた目の前に見える石垣です。 山頂は、石垣の間をぬっていろいろ建物が建てられている感じでしょうか。

ちなみに続100名城スタンプはロープウェイの山頂駅のところにありました。

八幡山城

お願い地蔵尊横の二の丸の石垣。

八幡山城

西の丸との分岐点。本丸のほうに行きます。

八幡山城

推定図と見比べると、西の丸のほうの道は後から作られたようです。

八幡山城

本丸のほうの道は、推定図にある本丸と二の丸間の階段を上っていくイメージ。

八幡山城

八幡山城

本丸への入口が見えてきました。

八幡山城

本丸入口に「村雲門跡瑞龍寺」山門。

村雲門跡瑞龍寺の創建は1596年。秀吉の姉で秀次の母になる日秀尼により建てられました。 創建時、後陽成天皇から嵯峨の村雲の寺地と瑞龍寺の寺号、1000石の寺領を賜ったことから、 日蓮宗では唯一の「門跡」という格式の寺院なのだそうです。昭和36にここに移築されてきました。

八幡山城

山門を入った先は枡形になっており、城の名残が残っています。

八幡山城

本丸は、完全にお寺でした。。

八幡山城

本丸からの眺望は南西方向。

八幡山城

続いて、本丸東側の石垣を眺めながら、北の丸のほうに向かいます。

八幡山城

北の丸。

八幡山城

北の丸からの眺望。こちらは北東方向。 正面中央に見える一番手前の山が安土城で、その右奥の高い山が六角氏の観音寺城です。

八幡山城

北の丸から百々神社(ももじんじゃ)への縦走路。神社までは90分なのでとても行けませんが、 すぐのところに北の丸の石垣が見える場所があるのでちょっとだけ下りてみました。

八幡山城

北の丸の石垣。積み方は算木積ですね。

八幡山城

本丸北側の石垣を見ながら西の丸のほうへ。

八幡山城

八幡山城

西の丸。

八幡山城

西の丸からの眺望をパノラマで。琵琶湖が見えます。 中央に見える盛り上がった山は、水茎岡山城(みずぐきおかやまじょう)。 戦国時代、管領、細川政元によって擁立された11代将軍足利義澄が、政元暗殺後、京から逃げて入った城です。 その左奥に見えるちょっと尖った山は比叡山でしょうか。

八幡山城

西の丸から出丸へ行く道は通行止めになっていたので、本丸西側の石垣を見ながら、二の丸のほうに戻りました。

八幡山城

二の丸。中央に展望館が建っています。展望館の2階には、ちょっとした城の説明書きがありました。

八幡山城

二の丸からの眺望。LOVEの碑が主張していますが、八幡山山頂は、現在、 町おこしで恋人の聖地ということになっているようです。

八幡山城

山麓の居館跡

山頂はここまでにして、ロープウェイで山を下り、山麓の居館跡に行きました。 ロープウェイ駅を出て、右にまっすぐ行った先の突き当たりに市民図書館があります。 そこを右に曲がり、道なりにすすんでいくと八幡山公園、大手道に出ます。

八幡山城

八幡山城

八幡山城

大手道を上っていくと、ただならぬ感じの石垣が見えてきました。 ここは家臣の居館跡のようです。

八幡山城

さらに先に進んだところ。

八幡山城

突き当りが秀次の居館跡です。

八幡山城

これはすごい。八幡山城に来たらここも見ないともったいないですね。

八幡山城

八幡堀

最後に八幡堀を見に行きました。もう少し昔の雰囲気が残る場所もあるみたいですが、 もう歩き疲れたので一番近いところで済ませてしまいました。丁度、船が通っていい感じになりました。

八幡山城

散策終了は16:10。見学時間は2時間半以上でした。。





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