6年ぶりに水戸を訪れました。 大手門と二の丸角櫓が再建された水戸城に行くのがメインの目的でしたが、その前に水戸東照宮に立ち寄りました。水戸東照宮に参拝するのははじめて。水戸東照宮は創建から今年でちょうど400年だそうです。
表参道大鳥居は、2011年東日本大震災で倒壊し、2018年に再建されました。
大鳥居をくぐった先の石段。
石段を上がって二の鳥居をくぐったところ。正面に社殿が見えます。
社殿は南向き。少々派手な印象。
水戸東照宮は元和7年(1621)、水戸藩初代藩主徳川頼房公が徳川家康公を祀る神社として創建されました。当初は神仏習合で仏祭でしたが、九代藩主斉昭が神道による祭祀にあらためたそうです。昭和11年(1936)に頼房が配祀されました。
左右の銅燈籠は、家康の三十三回忌にあたる慶安4年(1651)に頼房が奉納したもの。
銅燈籠上段に「奉献銅燈籠両基 慶安四年四月十七日」、下段に「正三位行権中納言源頼房」と刻まれています。 4月17日は家康の命日で毎年この日に例大祭が行われているそうです。
戦前、旧国宝に指定されていた社殿は、昭和20年(1945)の空襲で焼失してしまいました。 現在の社殿を含む境内は昭和37年(1962)に再整備されたものだそうです。
御神木のクスノキ。
手水舎。
幕末、徳川斉昭が幕府に献上したカノン砲のレプリカ。地元の会社が奉納したものだそうです。
安神車(あんじんしゃ)。 斉昭が考案した戦車。説明板によれば「一人が中に入り銃眼から射撃できるようにしてある。実際に使用されたことはなく実際に役立つものかどうかは疑問」とのこと。
常葉山時鍾(ときわやまじしょう)。寛文7年(1667)、それまでの水戸城における太鼓による時報に変わるものとして二代藩主光圀の命で鋳造された銅鐘。 城内二の丸柵町門に掲げられていましたが、宝永元年(1704)城内の時報は再び太鼓に変わり、東照宮に収められました。 明治5年県庁で再び時報に用いられるようになりますが、大正9年(1920)時代の変遷とともにお役御免となり、再び東照宮に収められました。
境内社の稲荷神社。創建の経緯に関する説明はありませんでしたが、いい雰囲気でした。
境内社の天満宮。昭和58年に九州太宰府天満宮より勧請。
銀杏坂の大鳥居。水戸駅北口のメインストリートからの入口はこちらです。 隣のタバコ屋さんの看板猫ハチはコロナ期間中はお休みしているそうです。会いたかった!
真ん中の坂を上がっていくと神社境内の無料駐車場につながるそうです。 左のレトロなアーケードの商店街をぬけると表参道の石段のところに出ます。 商店街には意外とお洒落な店が並んでいてちょっと入ってみたくなりました。
御朱印。