都立横網町公園(東京都墨田区)で彼岸花が綺麗に咲いているという情報を得て、
写真を撮りに行ってきました。
私が都立横網町公園を訪れたのは
一昨年の冬に文化財保護推進員の中級研修会のプログラムで来て以来。
このときとは季節も異なりますが、
今回初めて彼岸花が咲くエリアがあることを知りました。
散歩に来ていたおばあさんに「今日はおととい来たときよりもきれいに咲いているよ」
と話しかけられました。よかったんじゃないかと思います。
アクセントになるものが欲しいと思っていたらアゲハチョウが飛んできてくれました。
動きが速いうえに一瞬でまた何処かに飛んで行ってしまってじっくり撮っている余裕はありませんでしたが、
何枚かは撮れたのでよかったです。
大正12年9月1日の関東大震災では、当時の東京府市あわせて7万人を超える死者が出たといわれていますが、そのうち3万8千人が現在の横網町公園の場所で亡くなっています。
当時ここは空き地で、避難をしてきた人が集まっていました。
しかし、持ち込まれた荷物に周囲で発生していた火災の火の粉が燃え移り、これが火災旋風となって多くの人が巻き込まれてしまったそうです。
その後は慰霊の公園となり、戦後、震災記念堂(現・慰霊堂)には戦時中の米軍による東京空襲で亡くなった方の遺骨も合祀されました。
秋の七草コーナー
七草のうち五つを。
萩(ハギ)
尾花(ススキ)
葛(クズ)
女郎花(オミナエシ)
桔梗(キキョウ)
東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑
通常、花壇には都内在住在学の児童生徒たちのデザインした図柄で花が植えられますが、
7-9月の暑い時期に限り、植栽管理の委託先によるデザインで暑さに強い花が植えられているそうです。
数年前、戸籍を取り寄せたときに曾祖父の弟が東京大空襲で亡くなっていることを知って驚きました。。
復興記念館
震災記念堂の付帯施設として昭和6年に建てられた建物。 現在は、関東大震災だけでなく東京大空襲の被害と復興に向けた取り組みを伝える展示も加えられています。 約2年ぶりに見学しました。
はじめに関東大震災の展示から。
私が住んでいる江東区は大半が江戸後期以降にできた埋立地であることと、
関東大震災と東京大空襲によって大半が焼けてしまったため、
文化財というものがほとんどありません。。
その代わりに土地の起伏がなく、まっすぐな道路が整備されています。
今はとても住みやすい街だと思います。
昭和5年開催の帝都復興展覧会に出品された「焼失した都心部」の模型。我が家の近くで、かつての遊郭の入口だった洲崎橋の位置が現在とずれているように見えますが実際はどうだったのでしょうか、ちょっと気になる。。
昭和4年東京駅八重洲口の模型。何故か駅舎は架空のものだそう。
それにしても民間人を無差別に攻撃した米軍の行為はひどいですね。
日本の政治家たちも国民に特攻なんてことをさせているし、みんな人のことなど何とも思ってないのがよくわかります。
この先、戦争だけはやってはいけないとあらためて思いました。
江東区内を見ると、現在の四ツ目通りは幅100mmの道路にする計画もあったのですかね。
東京都慰霊堂
昭和5年に建てられた歴史的建造物。
最後にお線香をあげて公園をあとにしました。
