12月20日から2泊3日で大阪旅行に行ってきました。旅のメインである大阪の続100名城3城(芥川山城、飯盛城、岸和田城)への登城は2日目までに終えており、最終日は中之島公園周辺をぶらぶら散策することにしました。
旅行中写真を綺麗に撮りたいと思って鞄にに交換レンズや三脚など色々詰めてきましたが、荷物が重くなり2日目までで足が限界になっていたので、今日は24-120mmのレンズをつけたカメラだけを持って出かけ、チェックアウトの時間までにホテルに戻ってくることにしました。写真は宿泊したホテルの目の間にある大阪メトロ、谷町四丁目駅の入口。
八軒家浜船着場
最初に向かったのは谷町四丁目から地下鉄谷町線で一駅、天満橋からすぐのところにあるこちら。 このあたりは古代から淀川を通じて京都方面、長瀬川(大和川)を通じて奈良方面に向かう交通の要衝だったそうです。 江戸時代には八軒の船宿があったことから八軒家とよばれ、大坂と京都・伏見を結ぶ水上交通の拠点として栄えました。 明治に入り天満橋-京都五条間に京阪電車が開通し、その役目を終え、今は当時の痕跡は何も残っていませんが、 平成20(2008)年、大阪市によってかつての水の都のにぎわいを復活させるべく再整備されました。
下流側、天神橋の方向。古代の頃はこのあたりが海岸線でしたが、川が運ぶ土砂でだんだん下流のほうに延びていったそうです。
上流側、天満橋の方向。
下流の天神橋のほうに歩いていきます。古代の頃はこの先がすぐ海でしたが、川が運ぶ土砂によって下流のほうに延びていったそうです。
このあたり夜はライトアップされるそう。本当は昨日の夕方に来たかったのですが一日中雨だったので、今日に予定を変更しました。
また次の機会に。。
天神橋の南詰に来ました。螺旋形のスロープを下りて中之島公園に向かいます。
天神橋から上流の天満橋を見たところ。川は琵琶湖までつながっています。
中之島
旧淀川、北を流れる堂島川と南を流れる土佐堀川に挟まれれた中州で、 江戸時代は諸藩の蔵屋敷が建ち並び、「天下の台所」とよばれた大坂の中枢を担ったエリア。 江戸の初めに大坂屈指の豪商・淀屋常安が、葦や雑木が繁り、大雨が降ると川に沈むような土地を開拓したのがはじまり。 明治に入ると西洋建築が建てられ、大阪の政治・経済・文化の拠点が集まる場所になっていきました。
中之島公園
中之島公園は、明治24年(1891)に大阪市で初めて誕生した公園です。
中之島公園といえばバラ園なのだそうです。
難波橋
江戸時代の頃から天満橋、天神橋とともに浪華三大橋と称された橋。現在の橋は大正4年(1915)に完成。
前の川は南の土佐堀川。
大阪市中央公会堂
大阪市民、岩本栄之助氏の寄附をもとに原案を岡田信一郎、実施設計を辰野金吾、片岡安が行い1918(大正7)年に竣工。
20-120mmでは入りきらなかったので、スマホで撮りました。
栴檀木橋(せんだんのきばし)から。橋は江戸時代に蔵屋敷に行き来する目的で架けられたのがはじまりといわれています。
大阪市中央公会堂は、浜田藩の蔵屋敷の跡地に建てられています。
淀屋橋
土佐堀川に架かる御堂筋の橋。橋の南西に居を構えていた江戸時代の豪商・淀屋が米市の利便のために架橋したのがはじまり。 現在の橋は昭和10年(1935)に完成。
大阪市役所
散歩の最終目的地、大阪堂島浜タワーに行く途中、ミャクミャク像が見えたので立ち寄りました。
※ミャクミャクは、12月27日に市役所からATC(アジア太平洋トレードセンター)に移設されました。
ミャクミャクの目線の先にあるのは日本銀行大阪支店。江戸時代には島原藩蔵屋敷があった場所だそうです。
大江橋
堂島川に架かる御堂筋の橋。江戸時代の元禄年間、堂島の開発に伴って架けられた橋の一つ。現在の橋は昭和10年(1935)に完成。
大阪堂島浜タワー16階無料展望室からの眺望
令和6年(2024)竣工の超高層ビル。
正面の大きな通りは御堂筋。本当は昨日の夜、ライトアップしているときに来たかった。。
東の方向。
西の方向。
最後にもう一度、南の御堂筋。窓の反射を避けて撮るのが大変でした。忍者レフ、持ってくればよかった。。
大阪メトロ
淀屋橋から大阪メトロに乗って、谷町四丁目のホテルに戻ります。
本町駅で乗り換え。
中央線にも乗ってみました。
ホテルに戻った後、東梅田で乗り換え、新大阪へ向かいます。
御堂筋線新大阪駅ホームから
隠れたトレインビュースポット。
新大阪駅新幹線ホーム
九州新幹線、初めて見ました。
この後、東京行きの新幹線で無事帰宅。
