2012年11月18日

敢國神社。伊賀上野城。都波岐神社。椿大神社。南宮大社。

月曜に有休を取って3連休。土曜のオケの練習も休み。最初は金曜の夜から出発して広島の宮島あたりに行こうかとも考えたけど、演奏会直前であまり無理しちゃいけないと思い直し、日曜の日帰りコースに変更。朝3:30に起きて、4:00出発。道は東名阪の四日市で少し混んだものの比較的順調で9:15に最初の目的地に到着。

敢國神社(あへくにじんじゃ)<伊賀国一宮>

町のはずれの田舎の神社という雰囲気。駐車場に車を停め、神社の方向を見ると、右側の道に表参道、左側の道に裏参道の立て札が。表参道があまりに普通の道路だったので、少し雰囲気のある裏参道から入った。途中小さな境内社が並んでおり、そのなかで比較的扱いの大きい大石社とむすび社にお参り。さらに先に進むと、境内中央の拝殿前に出た。石段を登って参拝。参拝を終え振り返ると、表参道の鳥居から大勢の参拝客がぞろぞろと入ってきた。宮司さんに「今日は何かあるんですか」と聞いたら「団体さんの参拝があります」とのこと。驚いた。もう少し神社の雰囲気を楽しみたかったけど、なんとなく落ち着かなくなったので、表参道から駐車場に戻った。駐車場には団体さんを乗せてきた観光バスが2台止まっていた。9:50発。

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伊賀上野城 <三重県伊賀市>

10:20着。城跡は公園になっている。伊賀の観光の中心のよう。公園の駐車場はいっぱいで近くの駐車場を紹介された。
城は戦国時代の武将で秀吉の家臣であった筒井定次により1585年に築城。その後1608年に家康の家臣で築城の名手とされる藤堂高虎が伊予の宇和島城より入国。大阪の陣に備えて1611年から大幅な改修が行われた。西側に作られた高石垣が有名。天守は完成間近の1612年、暴風により倒壊。その後建てられなかったが、城は明治維新まで藤堂家によって存続した。現在の天守閣は昭和10年に地元の政治家によって建てられた模擬天守。藤堂高虎が建てたものとはまったくの別物であるが、安土桃山時代の様式で作られた戦前の木造建築物で、風格は十分だった。11:50発。

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都波岐奈加等神社(つばきなかとじんじゃ)<伊勢国一宮>

ナビの名称検索では出てこなくて住所を入れて行ったところ、通れないくらいの細い道に入ってしまった。入り口はこの場所の裏側と気づいて引き返し、大通りまで戻ってひとつ先の信号を曲がり、なんとかたどり着いた。13:05着。都波岐神社と奈加等神社の合殿社。都波岐神社のほうが一宮とされている。社殿は明治に建てられたものが消失し、平成10年に再建された鉄筋コンクリート製。先に訪れた人たちのブログでは、この社殿が残念な感じとの書き込みが散見されたが、それほど悪い感じではなかった。一方、宮司さんはお茶も出してくれる親切な人という記事が多くあったが、特別なことはなく、普通の対応だった。13:20発。

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椿大神社(つばきおおかみやしろ)<伊勢国一宮>

14:10着。大きな雰囲気のある神社。七五三参りの参拝客が多数来ていた。ご祭神は猿田毘古神。神話ではニニギノミコトが天照大神の命により高天原から地上に向かう際、地上からやってきて道案内をしたとされる神。交通安全の神様とされる。境内にはアメノウズメを祀る椿岸神社(つばききしじんじゃ)もある。こちらも立派な社。アメノウズメは猿田毘古と最初に応対した高天原の女神。芸道の祖神といわれる。どちらもしっかり参拝した。15:00発。

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南宮大社(なんぐうたいしゃ)<美濃国一宮>

16:30着。到着の予定が微妙な時間だったので、向かう途中で電話して社務所が何時まで開いているか確認したら17時までとの回答。なんとか間に合った。七五三も含めて何組か参拝客はいたけど、もう終わりの雰囲気。大急ぎで境内を散策した。16:50発。

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今回の行程、全体的に慌しかったけど、予定の目的地は全部まわることができた。出発前にカメラのバッテリーをちゃんと充電しなかったら、最初の敢国神社で早々に目盛が減りだし、あせったがなんとか最後まで持った。帰り道は、途中まで調子よくナビの最初の到着予定時刻は22:30だったが、大井松田ICあたりから事故で35kmの大渋滞。首都高に入っても工事渋滞で、結局家に着いたのは25:00。これはきつかった。総走行距離は988km。一宮巡り、今年はこれで終わりかな。


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